夏目

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「的場静司は私が止める。夏目も妖怪も、こいつの好きになんかさせない」

「千尋…?」

「だから先に行って、妖怪なんとかしてきてよ」

「無茶だ、千尋!」

「ええ、この場は周一サンが正しい。邪魔立てするなら貴女といえど許しませんよ」

不快を露わにした的場が弓を引き絞った。

斑を庇うため夏目が前に出る。

千尋はその更に前へ立つと、早口に呪を唱え、またもや結界を展開した。

矢は結界を突き破るも、貫通することはできず空中で静止する。なんとも奇妙な光景。
術を解くと、乾いた音を立てて矢は地に落ちる。

ふふん、と千尋は勝ち気に笑う。

「邪魔?なに言ってるの、ただの身内のお遊戯でしょう?」

「本当に困った人だ。相変わらず結界の術だけは得意ですね」

「だけ、は余計よ。この陰険当主」

「おやおや」

千尋はちらりと後ろを振り返り、微笑む。

「ここは大丈夫。だから、行って」

「っ…すまない、千尋。行くよ、夏目」

真っ先に駈け出したのは名取で、柊があとに続いた。
さすがはプロだけあって判断に甘さがない。

夏目はしばし迷ったあと、斑に行くぞと促されてようやく足を進めた。

「千尋、ごめん!」

その後を追おうと、一度は退けられた的場の式が再び姿勢を低くする。

が、それよりも早く千尋が広範囲に張った結界は追随を完全に妨げた。
妖気を寄せ付けない壁に阻まれて、式たちは戸惑うようにその場をうろつくのみ。

くつくつと的場が喉の奥で笑った。

「よくできました。……が、貴女程度の力で、本気で私を止められると?」

懐から呪符を取り出す的場。
あれを仕掛けられたら結界は保たないだろう。


所詮千尋の妖力はその程度なのだ。

祓い屋のなり損ないと的場家当主との力の差は歴然。


「……時間稼ぎにはなった、でしょう?」

「ええ。ほんの少しの、ね」

千尋は強い眼差しで的場を睨み据える。

その額から汗の玉が滑り落ちていった。
結界は広範囲に張れば張るほど長時間保たせるのが難しい。


ならば、と千尋は呪を重ね、自ら結界にヒビを入れる。

パリン…!

割れた結界は不可視のガラス片のようになり、的場の式たちへと降り注ぐ。
単なる結界だ。さほどの威力はないが、妖気を弾くものの欠片を直接浴びた妖怪は自らの力を封じられたかのような錯覚を受け昏倒する。

それを一瞥し、的場が僅かに眉を持ち上げた。

「これは…面白いことができるようになりましたね」

「……式はしばらく目を醒まさない。あとはあんたさえ行かせなければ…!」

「甘く見られたものだ。貴女といえど許しません、と言っておいたはずですが」

冷徹な、的場の目。

なにを考えているかわからない的場の眼差しが千尋は苦手だ。

それでも目を逸らさないのは意地の力。


しばし視線で火花を散らす二人。



が、ふっと的場が目を逸らした。

「やれやれ、じゃじゃ馬には手がつけられませんね」

嘆息し、肩を竦める的場。
彼が纏っていた凍てつくような冷たさがなくなって、急に緊張が緩む。

「もういいですよ。例の妖怪は使い物にならず、私は今日誰にも会わなかった」

「え……」

「貴女の覚悟に免じてそういうことにしておきましょう」

その目が嘘は言っていない気がする。

見逃してくれる…のだろうか。

なぜ。

疑念は抱いたけれど、答えが見つかるはずもなく。


「…的場静司!」

半身を翻し背を向けかけた的場を、千尋は思わず呼び止めていた。
的場は眼帯をしているほうの目をこちらに向けているので、その表情は読み取れない。

…否。表情が見えたところで、彼の胸の内など決して推し量れはしないのだが。


「あんた昔から……ほんと……何考えてるかわからない」


呼び止めはしたものの相応しい言葉を見つけられなかった千尋は、率直に今の気持ちをぶつけた。

どうしてだか胸がきりりと痛む。



「私も、貴女がわかりません」



それだけ、告げて。


的場の後ろ姿は今度こそ、森の中の暗がりに吸い込まれていく。






「…………は、あ……」


どっと疲労感がのし掛かってきて、千尋はその場に膝をついた。
倒れこむようにして木立に背を預ける。


心の中がごちゃごちゃになっている。
きっとこんなところで突然的場と再会してしまったせいだ。


昔は楽だったのだ。
なにも知らず、なにもわからなかった頃。
ただ言われた通りに術を覚え、妖力を高める修行をして。

静司に褒められることが嬉しかった。
いつか追いつけると思っていた。


埋められない隙間の存在。
静司が千尋と同じものを見ていたことは一度としてなかったことに気付いてしまったのはいつだっただろうか。





少し、疲れすぎた。

消耗しきっていては足手まといになりかねない。
休んでから夏目たちを追いかけようと、千尋は瞼を下ろした。












20120304


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