夏目

□染める
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「ほら見て斑、似合う?」

言って千尋はくるりと回ってみせる。
淡い水色の浴衣の裾が風を孕んでふわりと広がった。

先程受け取ったばかりの浴衣だ。試しに身につけてみようと思ってとりあえず普段着の上に羽織ってみたところに、タイミング良く斑が訪れた。

この森の中の小さな社を斑は度々訪れるのだが、千尋がここによくいることを知っているのではないかと思う。
本人…本犬?は、たまに本来の姿に戻って散歩をしているところに、偶然千尋がいるだけだと主張するのだけれど。

「どう?」

「知らん。気に入っているなら着ればいい」

「ひどいなあ。感想聞いてるのに」

個人的には水色から白へのグラデーションが綺麗だと思っているのだけれど、化け犬に評価を求めるのがそもそもの誤りなのか。

と、斑はずいと鼻先を近付けてきた。
大層不満そうに眉間にしわを刻んで、

「……む?ソレから妖のにおいがするではないか」

「うん、そう。もらったんだ。今度森の妖怪たちの祭があるから一緒に行こうって友達の子に誘われて」

「…お前といい夏目といい、どうしてこうも不用心なんだ。人の子が妖怪の祭になぞ行ったら喰われるぞ」

「平気。喰われないために浴衣もらったんだってば」

これがあれば人の子のにおいが消えるから、妖怪たちに混ざって祭を楽しめる。

「いいや、若い娘なんぞ絶好の酒の肴だ」

「私そんなに美味しそう?」

「さあな」

「えーっ」

なにその反応、と頬を膨らませてみる。
だが大妖怪はそれには全く動じない。

見下すような目つきで千尋を一瞥すると、その大きな牙で浴衣をくわえて引き剥がそうとしてくる。

「もういい、さっさと脱げ」

「へ?…そっちの意味の食べるもちょっと遠慮したいんだけど」

「寝言は寝て言え」

ここまで冷たくあしらわれると泣くに泣けない。
斑にジト目を向けながら、千尋は渋々浴衣を脱いだ。その下はまったくの普段着。脱げ、だなんてつまらない。

しかし脱がせただけでは物足りないのか、斑は千尋の腕の中から浴衣を奪い取ると、ぽいっと地面に放り投げる。

「あっ!ちょっと!」

なんてことだ。せっかくの貰い物が汚れてしまう。

千尋は慌てて浴衣を拾い上げると土を払った。
じっくりと検分して丁寧に汚れを取り除いていく。

と、斑の関心はそれとは全く別のところにあるようで。

「他の妖のにおいを纏うなどと……忌々しい」

牙を剥き出しにして吐き捨てる。

(それって…)

ぱちくり。
千尋はゆっくりと数度の瞬きをするだけの時間をかけてその言葉の意味を考えた。
つまりそれは……

「……嫉妬?」

「なっ…!なにを言うか!?」

その慌てる様子が全てを物語っている気がして、千尋は肩を震わせて笑った。

なんだ言いたいことがあるならはっきり言えと斑が詰め寄ってくるけれど、正直可笑しくてそれどころではない。

まったく素直じゃないんだからと思うのと同時に、この大妖怪のこんな一面を知っているのが自分だけならいいなと思う。

「じゃあ一晩これ抱いて寝てくれない?」

「は?」

「斑のにおい、つけて」

にっこりと満面の笑みで提案。我ながら名案だと思った。
妖のにおいだったらなんでもいいわけで、それが斑のものなら文句はないだろう、と。

「…………千尋……」

しかし当の斑は前脚ですっかり顔を覆ってしまった。言葉になっていない唸り声を漏らしつつ。

どうしたのだろう。そんなに気分を害するようなことは言ってないはずなのだけれど。

「え、なに?どうかした?」

「……まったく、お前は……」

どこで覚えてくるのだ天然なのかタチが悪い、となんだかよくわからないことを呻き始める斑。

顔を覗き込もうと近寄ったのだが、斑が急に顔を上げるので驚いて立ちすくんだ。

意味ありげな目線になぜか緊張してしまって硬直。

その隙に引ったくるように浴衣をくわえ上げられたかと思えば斑は勢いよく飛び立って、白銀の毛を靡かせる大妖怪の姿は空の彼方へ瞬く間に小さくなっていった。

千尋はそれを呆然と見送り、誰にともなく呟いた。

「なあに、ホントにやってくれるわけ?……ちゃんと返してくれるかな」





あなた色に染めて






「ニャンコ先生、なんで浴衣巻き付けて寝てるんだ?」
「……マーキングだ。所有の証だ」
「やる事がすっかり猫だな」
「うるさいぞ夏目!」








20120121


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