夏目

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あの少女のことを話したら、ニャンコ先生が珍しく興味を持った。

「ほう、そいつは祓い人か?」
「違うと思うけど」

祓い人ならきっと、妖怪と遊んだりしない。

「妙だな。祟りは知識も無しに簡単に祓えるものではない。貴様以上に妖気の強い奴なら力業も通用するかもしれんが、そんな気配はせんぞ」
「そうなのか…」

祟りうんぬんより、妖気の強さのほうが気になった。
威風堂々たるあの子の振る舞い方。
てっきり自分なんかよりも強い力を持っているのかと思っていたのだけれど。

「まあいい。つまらん話をしていないで足を動かせ!七辻屋はまだか!」
「わかったわかった、暴れるなって」




日向をずっと歩いてきたせいか少し汗ばんできた。
暖かいと暑いの中間くらいの陽気。
行楽日和の休日です、と天気予報は言っていたっけ。
真上から注ぐ日差しは眩しく、緑が鮮やかに照らされている。

そんな日にニャンコ先生好物の水羊羹を買いに来てみれば。

「あれ、昨日の」

「ん?きみは…」

道中あの嵐のような女の子とすれ違った。
涼しそうなワンピースが風にそよぐ。
手にはちょうど七辻屋の袋をぶら下げていた。
彼女もあの甘味屋へ行ってきたのか。なんという偶然だろう。

「むう」

少女は小さく唸り、ぱちくりと大きな目を数回瞬かせ、じっと夏目を凝視する。

そんなに見られると気まずい。
さらにニャンコ先生の視線も痛い。

「えーと…?」

さすがに困って声をかければ、

「なあに、私には妖怪危ないって言っておいて、自分はお供連れ?」

露骨に眉間にしわが寄る。

「は?」

「なにを言うか小娘!どちらかというと夏目が私のお供だ!」

「化け猫は黙ってなさい!ちっこいくせに!」

「ちっこいとはなんだ!貴様のほうがちっこいわ!」

むむむ……!と睨み合う一人と一匹。

(……猫が喋るとかなんで妖怪って気付いたのかとか、普通のリアクションすっ飛ばしてると思うんだけど)

まあいいや、と夏目は脱力する。
ニャンコ先生はきっと、さっきのやりとりでこれが例の女の子だと気付いているのだろうし。
女の子は…なんだかすごくタフみたいだし。
とりあえずにらみ合いを遠巻きに観察することにした。

「だいたい貴様、私の七辻屋になんの用だ!よもやそれは水羊羹ではあるまいな!」

「へー、化け猫も水羊羹を食べるの」

「むむむ、高貴な私に化け猫なぞと…!」

「…ん?」

と、女の子が訝しげに。

「もしかしておまえがマダラ?」

「…!」

なんでもないような一言に、緊張が走る。
これにはさすがのニャンコ先生も驚いたらしい。
否、警戒と言うべきか。

もしや友人帳のことを知っていて、狙っているのではないだろうか、と。

猫の眼が不気味に歪む。

「小娘、私のことなど誰から聞いた」

「知り合いの子だよ」

明らかに空気が変わっても彼女はケロッとしている。
子と言ったソレは妖怪のことなのだろうな、と夏目は思った。

(本当に妖怪のことを特別視しないんだな)

この前の一つ目の妖怪をペットのようにかわいがって遊んだり、人間の知り合いのことのように妖怪を表現したり。

千尋を眩しいと感じるのはきっとこういう部分でなのだろう。
妖怪に対して複雑な思いを持ちすぎてしまった自分には、決して抱けない価値観。

「と言っても、おいしい和菓子の店があるらしいって話をしていて、そのついでに七辻屋はマダラという妖怪のお気に入りだと聞いただけ」

「…ほう?」

「和菓子買いにくる妖怪なんてそうそういないと思ったから、おまえがマダラなんだろうって思ったの。当たってたみたいね」

「ふん。その通り、私が斑だ。本来なら人の子に名乗る名はない。光栄に思え」

「なによ偉そうに」

しかしこの呑気な様子、友人帳を狙っている可能性は低い、か…?

「おまえが斑ってことは、そっちが夏目?」

「…そうだよ。きみは?この前は助けてもらったのに、名前を聞きそびれてしまった」

「教えてもいいけれど友人帳には書き込まないでよ?」

「っ!」

今度こそ背筋が冷えた。
友人帳のことを知っている。
つう、と背中を汗が伝ったのは陽気のせいだけではない。

ニャンコ先生がずいと前へ出て毛を逆立てた。

「あっははは!」

…が、女の子はケラケラと笑い出すのみ。

「そっか、友人帳を狙う妖が多いっていう噂は本当なんだ。心配いらないよ、私はそんなもの興味無いから!」

お腹を抱えるほど笑いながらそう言う。
妙に説得力があるように思えたのは、先日の一件で聞いた言葉のためだろう。
この子は妖怪と仲良くなれてしまう子なのだ。

友人帳のことも妖怪の噂で聞いただけなのだだとか。
彼女は、名は千尋だと名乗った。

「脅かしてごめん。でも夏目って変わってるね。妖怪は危ないとか言うくせに斑と一緒にいて、そんなものまで持ってるなんて」

「…友人帳は祖母の遺品なんだ。それとニャンコ先生はおれの用心棒をやってくれてる」

「ええ?このちっこくて態度だけでかいのが用心棒?」

「まだ私を愚弄するか小娘!私は高貴な…」

「うんもういいよどうでも。それじゃ」

「おのれ逃げる気か!?待てぃ!決着をつけてくれる!」

「追いつけたらね!」

「夏目!追え!」

「ええーっ!?」

なんで俺が走らなきゃならないんだ。
ニャンコ先生のわがままには付き合わないとあとが面倒くさいから、胸の中でこっそり文句を言いながら駆け出す。

嵐のような女の子だと思っていたけれど、ワンピースの裾を翻して走る千尋は足が速くて、本当につむじ風が味方しているのではと思うほど。

(…あれ?)

ふと目を離した隙に、すっかり視界がうるさくなっている。
妖怪が千尋の周りにわらわらと集まってきたのだ。
小さいのから力のありそうなのまでいろいろと。

「どうした千尋、追われているのか?」

「違う違う!遊んでるだけ!」

「なんだそうか。あいつら食ってしまおうかと思ったのに」

「おい、追ってくる奴はよく見たら夏目じゃないか」

「夏目って凶暴なんだろう?」

「本当か?千尋、夏目は怖いのか?」

「あははっ!さあね。よし、一緒に逃げよう!あとで水羊羹あげる!」

妖怪と一緒に走っている千尋は本当に楽しそうで。


夏目は肩に乗っかっているニャンコ先生に声をかけた。


「なあ先生、あんなに妖怪と仲良くなれるもんなんだな」

「…ふん、変わった小娘だ」









20120224


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