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□秋
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『吉原は今日も晴れている。銀色の侍は現れなかった。以上』

「ってなに考えてんですか団長!こんなの報告書になってないです!」
「だって面倒くさいよコレ書くの」
「いいです私やりますから!」

だいたい銀色の侍の存在を隠すためにこんな小細工してるんじゃないか…とブツブツぼやきながら私はペンを取った。

地球の吉原は表向き団長が支配していることになっているけど、実際は完全放置だ。
けれど形式ばかりの査察と報告書の提出は定期的にこなさないといけない。
現地に行った、という事実も作らないといけないから、私と団長は吉原の外れに宿(いかがわしくないほうの)をとって地球に滞在している。
そして上に疑いを持たれないよう、必死に「第七師団支配下の吉原」を捏造するのはもっぱら私の仕事だ。

「ねえ見て見て」
「なんですか今忙し…」
「縁側に落ちてたよ」

顔を上げれば、団長は数枚の紅い葉のついた木の枝をヒラヒラさせて見せてくる。
あれはモミジといったか。地球の秋という季節の風物詩と聞く。
本物は初めて見た。なんて美しい色だろう。


私が吉原に関する仕事を引き受けたのは、地球が好きだからだ。

地球の着物とか、髪の結い方とか、本当に素敵だと思う。四季があるところもいいし、芸術や文学だって。歌舞伎はまだよくわからないけど、お琴の音色は心が安らぐ。


「あげる」
団長から手渡されたモミジの枝を、私は文机に置いた。
それを眺めていると不思議と胸がほっこりする。
美しい紅の色に励まされながら、さっきよりも早いペースでペンを走らせた。



報告書はその夜になんとか書き上げることができた。
頭の使いすぎでなにもする気が起きず、私は縁側でぼんやりと夜空を眺めている。

太陽を手に入れた吉原は同時に月も手に入れたのだ。
淡い月光に、私は先日読んだ地球の小説を思い出していた。

恋愛の話なのだけれど、あんなに叙情的な愛の告白があるなんて…!とすごく感動した。今まで読んだ地球の文学の中でも一番気に入っている。


「あれ、書けた?報告書」
すぐ後ろから声がした。
「できましたよー。もうクタクタです」
すると団長は私の隣に腰掛けて、私の顔をじっと見つめた。
なんだろう。ちょっと真剣そうな眼差しが、落ち着かない。
「あの葉っぱどうしたの」
「えと…持って帰って部屋に飾ろうと思ってます。モミジっていうんですよ」
「ふうん。あんたホントに地球好きだね」
「もちろんですよ」
「俺が地球で気に入ってるのは、ゴハンと侍だけだなあ」
団長はそう言って空を見上げる。
月光に照らされたその横顔から目が離せなかった。

「月が綺麗だね」

何気なく紡がれたその言葉。
ヴェールに覆われてなお気品を纏う宝石のような響き。
それはあの小説の…!
意識した途端に頬が熱くなった。
なんだかふわふわするのは、月の光にあてられたせいだろうか。
でも、団長はあの言葉を知らないはず……そんなことも、すっかり忘れてしまっていて。
夢心地のまま、私はほとんど無意識に返事をしていた。

「私も…そう、思います」

その時向けられた、団長の柔らかい微笑みを、私は一生忘れられないと思う。




後日、団長の部屋でうっかり私が好きなのと同じ小説を見つけてしまって、私は再度赤面することとなる。

ゴハンと侍だけって言ってたのに……団長のうそつき。





2011年10月〜12月






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