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□超時空喫茶店
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陽も沈み、そろそろお店を閉める時間。
テーブルを拭いたり窓のブラインドを下げたりと閉店の準備をしていると、まだ一人だけ残っていたお客さんから「すみません」と声を掛けられた。

「もう閉店の時間ですか?」
「そろそろ、ですね。でもまだ居てくださって大丈夫ですよ」
「いえ、長居しすぎてしまったようなのでもう出ます。こんなつもりではなかったのですが」

しばらく前に来店したそのお客さんはブレンドコーヒーを一杯頼むと、テーブルの上に仕事道具らしきものを並べて猛烈な勢いで処理していたのだ。
なんだかとても忙しい人なのだろう。
眼光鋭く、いかにもデキる人、という雰囲気がする。
けれど店の中でもずっと帽子を被っているのが不思議だ。

「じゃあ、新しいブレンドを試してみようと思うので、試飲してもらえますか?それでキリが良いところまで終わらせたらいいじゃありませんか」

見るからに仕事途中なのを慌てて片付けさせてしまうなんて私にはできない。
咄嗟に提案すると、お客さんは不思議そうな顔をしたあと「ではお言葉に甘えて」と応じてくれた。

棚から4種類の豆を取り出してそれぞれ計量し、ミルで挽いていくと店内にコーヒーの香りが広がった。
粉をフィルターに移し、ゆっくりとお湯を注いで抽出していく。
淹れたコーヒーは二杯分。念のため自分でも味と香りを確かめてから、お客さんのテーブルへ持って行く。

「お待たせしました」

豆から挽くと、コーヒーを淹れるのにも結構な時間がかかる。
その間にお客さんは仕事をキリの良いところまで進められたようで、テーブルの上は先程見た時よりも片付いていた。

「……ああ、結構変わるものなんですね」

お客さんはカップに口を付けると呟くように言った。

「どうですか?」
「美味しいです。それに、私の身近では本格的なコーヒーというのは珍しいので、意外と味が変わることに驚きました」
「じゃあ良かったです。コーヒーの奥の深さを知ってもらえて」
「すみません、折角の試飲なのに気の利いたことが言えるほど詳しくないのですが」
「いえ、そんな……あ、それなら代わりに、また来てください」

それまでコーヒーをじっと見つめていたお客さんが私のほうを見上げる。

「いろいろ試してみますから、お気に入りのブレンドが見付かったら教えてください」
「……お上手ですね。そう言われると、また来なければと思ってしまいますよ」

肩をすくめるお客さんはなんだか嬉しそうだ。
この人はきっとまたお店に来る、と私は確信した。

「ふふ、お待ちしてますね」
「仕方ありません、ここは乗せられておきましょう。コーヒー、楽しみにしています」



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