夏目

□包囲する指先
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「……ん、ぅ………」

「…もっと力を抜いてください」

「……っ……こう……?」

「その調子ですよ。感じますか?」

「…………わかん、なっ……」

「ほら集中して」

「………………って集中なんかできるかああああっ!」

心の叫びと共に、私は必殺不意打ちの拳を的場の顔面目掛けてお見舞いしてやる。

的場は「おや危ない」と全然危機感を持っていないようなしれっとした顔で言って、私の拳骨をいともあっさりかわしてしまった。

私なんぞの攻撃を受けるようでは的場の頭首は務まらないはずで、実際当てるつもりもなく避けられて当然ではある。
それはいいのだが、クスクスと嫌味な笑い方をされるのにはいつもの事ながらむかむかと腹が立った。

どん!的場の前に仁王立ちしてずいっと人差し指を突きつけ、思いっ切りヤツを睨みつける。

「いちいち要らんとこ触るな!寒気がする!」

「嫌だな。教えてるだけじゃないですか」

「発言も卑猥!この変態頭首!」

「……それは貴女のほうでしょう」

「はあ!?」

「むしろ誘っているようにしか聞こえませんでしたが」

「ちょ、馬鹿!変態!そんなわけないでしょう!」

全身全霊でガン飛ばしているというのに的場はそれをまったく無視してやれやれとため息をつく。
ため息つきたいのはこっちだ。まったく。




事の発端は30分前。
的場に高度な結界の術を教えてくれと頼んでみたのだ。
ダメもとだったが予想に反して的場はあっさり快諾してくれた。

「いいですよ。手取り足取り、ね」

そう言った薄ら笑いが不気味でその時からもう背筋がゾクゾクしていたが、高度な術を習えるという餌にまんまとおびき寄せられた私はヤツのセクハラの餌食となっていたわけである。




「印がね、甘いんですよ」

「わっ」

ひらりと袂を翻して私の後ろに回った的場は、身体ごと包み込むようにして私の両の手をとった。

どうしよう近い。無駄に近い。ちくしょうこのセクハラ頭首。
いやしかし、ここで焦ったら負けだ。
私は自制心をフル稼働させて極力後ろを意識しないよう努めた。

「やってご覧なさい」

的場の長い指が私の手を印の形に導く。
そこで初めて男のくせに私よりも白く綺麗な指をしていることに気付いてしまった。

悔しいくらいに、綺麗、なのだ。
その指で組む印も鮮やかで品があって。
私の印のなんと平々凡々なことよ。
こっそり下唇を噛みつつ、私は先刻習った印を結ぶ。

「……こう、でしょう?」

「印は組めばいいというものではありませんよ」

耳元で声がするのでイヤでも近さを意識してしまう。

しかしこの程度で平常心を保てないなんて、加えて相手が的場だなんて、悔しいことこの上ない。
どうにか心を落ち着かせて、私は術のほうに意識を持っていった。

「特に高度は術はね。ここに、」

ぎゅ、と印ごと手を握り込まれる。
冷たい手。

「妖力を集中させるんです」

「…………わかっ、た」

集中、集中。
自らに言い聞かせて、私は眼を閉じた。
結局のところ術が成功するまで的場のセクハラは続くのだ。
だったらさっさと終わらせるのが吉。

いつもと違う冷たい温度が触れているお陰で印を意識しやすくなったような気がする。

「いいですよ。次は術を展開するのに、身体を媒介にして大地に妖力を注ぎ込むイメージで…」

言いながら、私の印を包んでいた的場の手が離れて。

手首からつうっと腕をなぞり、肘、肩へと達して。

妖力と一緒に的場の手の冷たさと感触も辿ってしまうのがなんだかとてもむず痒く。

「ひゃんっ!?」

下がっていった的場の手が脇腹に触れたところでついに声を上げてしまった。

「どうしました?」

白々しく尋ねてくるのを思い切り睨みつけてやる。
薄い微笑は実に愉しそうだ。

私を困らせて悦んでいるに違いない。嫌なヤツ。

そう思う心を嘲笑うように、私の心臓はうるさく音を立てていた。

しかしこれは的場がセクハラを働くせいであり、つまりは不可抗力であるわけで、断じて的場にドキドキしたとかそういうのではない。一切ない。私は私の名誉のためにそう信じることにする。

「ああもう!教える気無いでしょう!?」

「おや、バレてしまいましたか」

「あんたいつも一門の弟子にこんなことしてるわけ!?」

「まさか。男しかいませんし」

「女がいたらやるつもり!?」

「しませんよ」

ふふ、と意味深に微笑を深める的場。
そしてさっき後ろに回ったときのように素早く、今度は正面からぐっと近付いてきた。

私は少し身を引くのだがそれでも追いかけてきて。

お香のようないい匂いが鼻をかすめる。それでなぜか動けなくなってしまう。

的場は私の肩に手を添えると、耳元に口を寄せ、囁く。

「……千尋だけ、です」

「…!」

かあっと全身が熱くなるのがわかった。

「ちょっ…このっ…!変態頭首が!!」

慌てて突き飛ばそうとするのだが一瞬早く的場は離れてしまっていて、私の両手は空を切った。

ククク、と上機嫌に喉の奥で笑うのが嫌味ったらしくて腹が立つ。

人を弄んで困らせて面白がるのだから下手な妖怪よりタチが悪いと思う。






囲われているのはどちらか






「それにしても貴女は本当に、苛々するくらい無自覚だ」
「……なにさ」
「赤い顔で睨んでも逆効果ってことですよ」
「は?」













20120122
的場は人の形したエロの塊だと思う。なにあの色気。
……いろいろすみませんでした。


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