花に色を、君に私を
□13 緩やかなトリガー
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名前は連れて帰った少女をひとまず医務室に運び込んだ。
白いシーツにとけ込むような白い肌、髪、そして睫毛も。夜兎も色白だがそれ以上だ。
初めは物珍しさに師団員のほとんどが医務室に集まっていたが、少女が一向に目を覚まさないのでポツリポツリと人が減っていき、やがて付き添っているのは名前だけになってしまった。
陶器のような横顔を見つめる名前。
なんでこんな女の子があの艦にいたのだろう。
そして、いつになったら目を覚ますのだろうか。
緩やかなトリガー
「名前ー、ゴハンだって」
医務室の扉が開いて、陽気な声と共に神威が姿を現した。
「あ…もうそんな時間かあ…」
時計を見れば結構な時間が経っていた。
まるでいつまでも目を閉じたままでいそうな少女の横顔を眺めていると、どうも時間という概念から切り離されてしまう。
認識した途端に身体は正直に反応するもので、名前のお腹がぐうと鳴った。
クスクスと笑う神威を名前は軽く睨む。
「なによ」
「うん?素直でいいネ」
「るさいっ」
「ハイハイ。ゴハン行こうよ」
「んーでも、この子一人にするわけには…」
「じゃあここで食べよっか」
「ここ?医務室だよ?」
「だってほとんど名前の二つ目の部屋みたいなものだろ」
「イヤミか」
「名前ってほんと怪我多いよね」
「夜兎と比べないでよ。…もう知らない。私は誰かに付き添い代わってもらってからご飯行く」
「ダーメ。俺はもうお腹空いたし、名前と一緒がいい」
う、と言葉に詰まる名前。
言い返せないでいると、神威が満足げに笑顔を浮かべた。
不意打ちのストレートが決まってノック・ダウン。神威のKO勝ちで試合終了。
決まりだネ、なんて言って神威は三つ編みを揺らし部屋を出る。
「……か、神威のくせに」
負け惜しみで呟いた名前の頬は赤く染まっていた。
少し経って、ワゴンいっぱいの食事を給仕が運んできた。ご丁寧にミニテーブルと座布団も。
給仕は神威のこの手のワガママには慣れているらしく、手早く配膳していく。
そこそこ広い医務室の一角があっという間に食卓と化した。
その奇妙な光景に肩の力が抜ける。
「うわー…ホントにやった…」
「いいから早く食べようよ」
神威はもう座布団に座って準備万端だ。
と、その時。
(…ん?)
なにかが動いた気配がすると思って名前はベッドに視線を向ける。
一瞬、見逃した。すぐにはそれと認識できなかった。それほどまでに存在感が希薄だったのだ。
白い少女が目を覚まし上半身を起こしている。
「起きた…」
「ほらゴハン持ってきてよかっただろ?」
「ンな馬鹿な」
とぼけたことを言う神威を一刀両断。
食事の匂いに誘われて、なんてことがあるものか。神威じゃあるまいし。
少女はぼんやりこちらを見つめている。
全身の色素が薄い少女は、瞳もガラス玉のように青白かった。
縁を彩る睫毛も髪と同様に白金色。
生気が感じられないのは気を失っている間と大して変わらない。
「だれ…?」
か細い、鈴の音のような声で少女は問う。
なるべく彼女を安心させてあげられるよう、名前は努めて柔らかな声音で言った。
「怖がらなくていいよ。私は名前、こっちが神威。大丈夫?痛いところとかない?」
ガラス玉の眼でこちらをじっと見つめていた少女は小さく頷いた。そして、
「どうして…?」
再度、口を開く。
咄嗟にはその問の意味がわからず名前は面食らった。少し考えて、きっと自分がここにいる理由を尋ねたいのだろうと思い至る。
しかし、
「えーとね…私たちがあなたを連れてきたんだけど…」
尻すぼみになる語尾。歯切れよく説明することなど、名前にはできなかった。
なんて言ったらいい?私たちがあの組織を潰して…なんて言ったら怯えられてしまうに決まっている。
そもそもあの組織での少女の立場もよくわからない。人質であったのなら『助けた』と言えるのだが、万が一そうでないなら誘拐したのはこちらのほうだ。
そうやって名前が思い悩んでいると、
「食べる?」
助け船は意外なところから出た。
「面倒な話はあとでいいよ。とりあえずゴハン。君も、寝て起きたんだからお腹空いてるだろ?」
はいこっち来て、と神威は座布団をぽんぽん叩く。
いやちょっと待て。名前の眉間がきゅっと寄る。
突然知らないところにいたらどんな小さい子だって警戒するし、それを解かないまま悠長に食事なんかできるものか。
しかし、名前が呆気にとられるほど、少女は素直に言うことを聞いた。
なぜだ。なぜここでは一般論が通じない。
もうわけがわからなくて、名前は考えることをやめた。
滑るようにベッドから降りて歩いていく。その足取りは想像したよりしゃんとしたものだった。
彼女があまりに非現実的な雰囲気を纏っているせいで、思考停止した頭は、ああ歩けるんだ、なんて失礼な感想を浮かべてしまった。そんなのは当たり前のことなのに。
「ほら名前も」
「へっ?あ、うん…」
言われて名前も腰を下ろす。
神威と名前と白い少女とで、医務室の一角の即席食卓を囲む。
今の状況を再確認し、混乱がおさまって妙に冷めた頭に浮かんだ言葉は一つ。
なんだこれ。
「いただきまーす」
「……い、いただきます…?」
「………………ます」
神威に流されるまま、気付けばこの上なく奇妙な食卓が出来上がっていた。
20111016
しばらく幼女がでしゃばりますがご了承ください^^