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□快晴
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爆風に吹き飛ばされたこの身体が宙に投げ出されたことに驚いて、私は思わず番傘を握る力を緩めてしまった。
するりと手から抜け出した傘の柄を追い掛けようともがくが、重力に従って落下する私を嘲笑うかのように傘は風に乗って舞い踊る。
仲間が私の名を叫んだような気がしたが、それは派手な水音にかき消されてしまった。
快晴
今回もありがちな任務だった。春雨の邪魔になる連中を始末しろ、と。
敵方も馬鹿ではないようで、夜兎相手と見て日射しのきつい洋上での戦闘に持ち込んできたのは褒めてやろうと思う。
だが、そんな小細工で私たちの優位が揺らぐはずもない。
今回も第七師団はあっという間に敵艦を制圧した。
予想外だったのは敵方が散り際に豪勢な花火を打ち上げていったことだ。恐らく、情報を漏らさないためにメインシステムを爆破したのだろう。
脆弱なイキモノが夜兎という絶対的な力に抗おうとする様は嫌いじゃない。
嫌いじゃないが…そういう悪あがきの小細工に私は吹き飛ばされたわけで。
なんたる不覚。
そんなことを思っている間にも私の身体は海中深く沈んでいこうとしている。
さてここで問題が一つ。
私は、泳げないのだ。
ゴボゴボと酸素が逃げていく音が黄泉へ続く階段のように聞こえる。
このまま私は間抜けな最期を遂げるのだろうか。
せめて戦いの中で……できれば団長のそばで死にたかった。
遥か彼方の水面には歪んだ太陽が見える。
陽光はこんな海の中までも容赦なく追い討ちをかけてくる。
遠ざかる空。
それに僅かな安心を覚えてしまうのは、太陽に嫌われた夜兎の性だろうか。
海の底まで沈んでしまえば太陽の光は届かない。
それもいいかもしれない。
なにかを手放すように私は瞼を下ろした。
急に、ぐん、と引っ張られる感覚。
それは私の身体と一緒に、遠のきかけていた意識も引っ張り上げてくれる。
薄く開けた視界の中でゆらゆらと躍る淡い色のものは、まるで人魚の尾ひれのよう。
急速に近付く明るい水面、空、太陽。
眩しくて、綺麗で、生きにくい世界。
――ザパァン!!
「…ゲホッ!……ハァ……ッハ……」
必死になって肺に酸素を取り込む。
海に落ちた時には達観したような気持ちだったけれど、どうやら私は本当は未練がましかったようだ。まだこんなに生に執着している。
肩で息をしながらも次第に呼吸が落ち着いてきた。
目の前の胸は軽く上下するばかりでとても潜水直後とは思えない。
…と、そこでようやく、私は自分が団長にしがみついていることに気が付いた。
助けてくれたの、団長だったんだ……
団長は片腕で私を支えながら器用にバランスをとって浮かんでいた。
水面に浮かんでいる、例の爆発で吹き飛ばされた艦の備品の一つを手繰り寄せ、浮き輪代わりにする。私もそれを掴まされる。
…団長ってやっぱり実はなにも考えてない戦闘馬鹿なんかじゃないんだ。手際がよすぎて正直かなりかっこいいと思った。
濡れた拳法着の張り付いた胸板が近くて、ぼうっと見惚れていると、団長はもう一つ、水面に浮かぶものを引き寄せた。
「ハイこれ持って」
「わっ…」
突然放り投げられたそれをなんとかキャッチ。
見ればそれは番傘で、私はすかさず自分と団長を太陽から守るように持ち直した。
コレもしかしたらさっき吹き飛ばされた私の傘かも。
とりあえず浮袋と傘を確保して当面の危機が去ったと見るや、団長はにっこり不気味な笑顔を浮かべて私の頭を掴んできた。
「泳げないなんて馬鹿じゃないの」
「しょ、しょうがないじゃないですか……いだだだだだ!頭蓋骨潰れます!」
口答えしたせい?泳げないから?
団長は私の頭を握り潰しそうな勢いでミシミシと締め上げてくる。
…痛すぎる。
泣きそうになったけれど傘を持つ手だけはなんとか保った。
少しの間そうしていじめられていたかと思うと、唐突に頭が解放された。
団長を見上げる私。
乱れて額に張り付いた桃色の髪や、頬から顎へ伝い滴る水滴が、なんだか妙に色気がある。
と、またしてもぼんやりしてしまったが、お礼を言うなら今しかないと思った。
「団長……ありがとうございます…」
「うん?」
「助けて…いただいて」
「いいよ別に。あんな間抜けな死に方されちゃあ堪らないからね」
「……仰る通りです」
団長は私と浮袋を抱えたまますーっと艦の傍まで泳いでいき、なにやら艦の上の団員に合図を送っている。
端のほうでボートを準備している様子が見えた。なかなか苦戦しているように見える…頼むから救命ボートを破壊してくれるなよ、みんな。
ともあれ、これでもう安心だ。
「私、沈みながら思ったことがあるんです」
「なに?」
「水面に太陽が見えて、ああ、海の中でもアレからは逃げられないんだ…って」
「そりゃあね」
「でもこのまま沈んでいったら光が届かなくなるかなあ、なんて」
「そこまで行ける前に死んでるよ」
にべもなく切り捨てる団長。
ええ確かにそうなんですけど、と私はガックリ肩を落とす。
「そんなに太陽が苦手かい?」
「…生きづらい、とは思います」
「そんなことないよ」
傘を支えている私の手に、団長の手が被さった。
ぐいと向き合わされて、握り込まれた手とか密着する胸板とか、嫌でも意識してしまう。
「例えば、食べなきゃお腹が空いたり、あんたが泳げなかったり、それと一緒だろ?陽の光に弱いくらい、俺たちが生きる上でなんの障害にもなりやしない」
その声音が思ったよりも真剣で、私はじっと団長の眼を見つめ返した。
視線を逸らさずに団長は続ける。
「進む道は誰にも邪魔させない。それが夜兎ってものだろう」
……全身に、鳥肌が立った。
空色の瞳に心臓を掴まれたよう。
どうしてこの人はこんなにも真っ直ぐ、迷いなくそんなことが言えるの。
なんて純粋で透き通った眼差しなんだろう。
水面の向こうに見た輝かしいそれよりもとびきり美しく、前だけを見つめ、なによりも強い。
どんなに生きにくくても、この人のもとでならどこまでも行けると思った。
そこにある光は夜兎の天敵なんかではなく、私たちを導く揺らぎない意思の灯火だ。
私の空はここにある。
「……私……私、もう、」
私はぎゅっと傘を握り込んだ。
「団長のところで生きていられれば……なにも、怖くない……」
そう告げると、団長は満足そうに笑みを深めた。
「安心しなよ。離すつもりなんて無いからさ」
そして細められたその眼は私を更に魅了するのだ。
雲一つない空。
20110828
夏だもの!海に飛び込め!(笑)
神威はなんでもできると思ってる。泳ぎも上手いよきっと。