花に色を、君に私を
□9 融解、誘い
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融解、誘い
買い出しの間中ずっと不機嫌オーラを出していたくせに、今名前を引っ張って歩く神威の足取りはまるで跳びはねているように軽い。
今更そういう気分屋なところに戸惑ったりなんかしないが、それにしたってそこまで買い出しは退屈だっただろうか。それなら帰ってしまえばいいものを。
なんで最後まで付き合ってくれたんだろう、こいつそんなに物好きだったかな、と名前の頭の中にはクエスチョンマークが浮かんでは消え、浮かんでは消え。
やがて連れて来られたのはかわいらしい看板を掲げた店だった。
「アイスクリーム?」
「評判らしいよ」
ニコニコとアイスを口に運びながら答える神威。
それ買ったサイフは阿伏兎から預かっている師団のものなんだけど…とツッコもうとしてやめた。
それを神威が気にするわけはないし、まあアイスクリーム一個くらい大した出費でもないし。
そういえばたったの一個しか買わなかったなんて、あの神威なのに珍しい。
大事そうにちまちま食べているのだって不思議だ。いつも大量の食べ物を豪快に頬張るのに。
そう思いながら神威を眺めていると、彼は突然食べかけのアイスクリームをこちらに差し出してきた。
「食べる?」
「は!?」
「なんだよその反応」
「だって神威がヒトに食べ物譲るとか…!」
「その発言失礼だとは思わない?」
「まったく」
邪気の無い眼差しを向けられたって、らしくないことはらしくない。
と、そこで、はたと思考を巡らせてみる。
ここ最近らしくないことが多すぎはしなかったかと。
ベタベタしてみたり間違った親切はたらこうとしてみたり。
あんまり詳細に思い出すと赤面するからしないけど。
言動だけじゃなくて、ふと名前に向けられた眼差しの色も。
例えばさっきの、買い物リストをチェックしていた間にこちらに注がれていた視線。
驚くほど穏やかで一々心臓が跳ねてしまう。
「ねえ」
すっ、と顔を近付けられて、それだけで自分の頬が染まったのがわかる。
そういう反応に気をよくしたのか神威は喉の奥で笑い、名前の耳元に口を寄せて囁いた。
「自分で食べたい?それとも俺が味見させてあげようか?」
「…あ、じみ……?」
「口と口で?」
「ンなっ!?いい!」
「あ、いいの?それじゃあ…」
「ちがああうっ!自分でいただきます!」
「遠慮するなよ。期待したくせに」
「してない!」
なんだこれは。
一体なんだというんだ。
甘やかされている、ような。
変な気分。
どうしても慣れることのできない雰囲気に、つい、勢いで拒んでしまったけれど。
流されて、受け入れたら、どうなっていたのかな……なんて。
そんなことを考えてしまうのは、神威に毒されている証拠だろうか。
でもやっぱり、少し怖い。
流れに身を任せたら、どこか遠い知らない場所に連れて行かれてしまいそうな気がして……
「アレ?気に入らなかった?」
神威に声をかけられて、はっと我に返る。
悶々としていたせいでほとんど口が動いていなかった。
「や、あの、あんまりおいしいからうっとりしちゃって」
「そ?」
「う、うん」
「味が濃くてさ、まさかこの星でこんなおいしいアイスが、って思うだろ」
「…そうだねー」
へらっと笑ってごまかす。
……本当は神威のせいで味なんか全然わからなかった。
20110808
溶ける