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□夏
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夜といえどもやっぱり蒸し暑い。そんな不快感を吹き飛ばしてくれるのはこの日のために用意したとっておきの浴衣だ。暑さなんて忘れるくらい、今日の私は浮き足立っている。
神威にもいつものチャイナではなく和服を着させた。だってそのほうが花火を見に来たという風情がある。
「たーまやーっ!って言うのが地球式だよ」
「ハイハイ」
夜だから肌隠さなくて平気でしょ?とゴネて着てもらった着流しなのだけれど、暑いとかなんとか言って合わせ目を緩くするものだから、白い肌が闇に映えてはっきり言って目に毒だ。
まったくもう、鬼兵隊の大将にイケナイ影響を受けすぎだと思う。
花火が一瞬だけ夜を照らす。
大輪の花が一つ。
小さい花がいくつも連なって。
さながら闇に咲く花畑。
…ああ、かつては春雨にそんな異名の女傑がいたのだったか。
「こういうのが好きなの?」
神威が空を見上げたまま言う。
まあるい瞳の中に映り込む光の花。もう一つの夜空。
「ん…うん、まあ。綺麗だし。神威にはつまんなかったかな?」
「綺麗、か」
「だってほら、一瞬だけだけど夜空がパッて明るくなってさ」
「火薬が燃えてるだけだけどネ」
「そりゃそうだけどさ。夏の夜にこういうことやろうっていう発想自体がいいじゃん。風流、風流」
「…………」
神威が黙ってしまったので私も口をつぐむ。
でも、本当に花火が気に入らないのではないはずだ。まだ神威の視線は空を向いているのだから。
もしかして。
夜闇にしか咲けない花。
まるで夜兎という種族のように。
そんなことを思っているのだろうか。
夜の天球そのもののような瞳の奥で。
「…弱い光」
ぽつりと呟いて目を細める神威。
その横顔が、なによりも綺麗な夜の色を孕んでいる。
2011年7月〜9月