血脈の狭間
□12 綺羅星の宣戦布告
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綺羅星の宣戦布告
透明な壁に仕切られた向こう側で、吸い込まれそうな闇の中に光が映える。
窓に反射した那紗自身の姿さえも宇宙に飲み込まれそうな気がして、那紗は一度瞼を下ろした。
春雨母艦内で那紗が一番気に入っている場所はこの休憩室で、更に言うなら宇宙空間の大パノラマを眺めるのが好きだ。
漆黒のカンバスに散りばめられた星たちは、なにか他の、強い輝きを放つ恒星のもとでしか存在を主張できない。
それが自分と同じだと、驕っているわけではないけれど。
少なくともこの宇宙には、そういう在り方ばかりなのだ。
「ここにいたんだ」
ゲートが開き、観葉植物の後ろから現れた神威。
機嫌がよさそうだ。面白そうな任務でも入ったのだろう。
すぐに出掛けるのだろうか。
第七師団に身を寄せて以来初めての帰還だし、せめてもう一度華陀に会ってから次の任務に向かいたいのだが…命令ならば仕方ない。
「なにしてた?」
那紗の傍まで来て神威が言う。
「いえ……外を見てました」
「ふーん…飽きない?」
「むしろ時間を忘れますよ。ところで、出航ですか?」
「んー…いいや、」
想像と違う返答に、那紗はきょとんと頭上に疑問符を浮かべる。
てっきり新しい任務を受けてきたものと思っていたのだが…
神威は意味深に口角を上げた。
「そろそろいいかなと思って」
その言葉の意味を理解する前に、神威に肩を掴まれる。
「な……」
反応も抵抗もできないままに、やんわりと、ただし有無を言わさぬ様子で、那紗はすぐ後ろの窓に押し付けられた。
背中が艦内と宇宙とを隔てる窓にぴったりくっついて。
少しひんやりする感覚が、そこに透明な壁があることを証明している。
わたしは宇宙に溶け込めず、星はわたしではない。
顔の真横に那紗を閉じ込める神威の腕。
正面には妖しい色を湛えた捕食者の眼差し。
危険で綺麗なその瞳から目を逸らせない。
この色は、知っている。
ドクン、と。
記憶が心臓を高鳴らせる。
「な、なんで……」
顔を赤く染めて、涙の滲みそうな目で神威をじっと見つめる。
その真意を探るために。
「今度はどうして…こういうことするんですか…?」
「君のためだよ、って言ってほしい?」
三日月に細められる眼。
遮断される。なにも探れない。
「俺は俺のためにしか生きないって、あんたはわかってると思ったけどな」
「……」
「そして俺には、ありきたりな情より重要なものがある」
温度の感じられない言葉を紡いだ唇が降ってくる。
「……んぅっ…」
「いい加減わかってると思うけど君は一々考えすぎるんだ。戦闘に高潔な理由は似合わないのに」
口付けの合間に与えられる言葉は行為に全くそぐわないのに、甘い囁きのような気がしてしまうのはなぜだろう。
「…ふ、ぁ……」
「二つの種族の特徴が備わっているのは評価するけど、辰羅のような戦闘用の思考回路が活かし得るだけの、身体の強さが足りない」
「ん…や、ぁ……」
服の裾から神威の手が侵入してきて、素肌に直接刺激を与えはじめる。
身体が火照る。
神威の手は少し冷たくて、触れた部分からその温度差にゾクゾクするような感覚が生まれる。
……温度差?
そこに引っかかって、那紗は僅かに正常な思考回路を取り戻した。
熱くなっているのは、わたしだけだ。
もしかしたら。
いや、そうに違いない。
推測が確信に変わる。
行為に惑わされて、今までとんでもない勘違いをしていたのだと気付いた。
この人は、余計なものを排除してただ強さを求めるのに純化したような人だ。
空色の瞳を侵食する欲望の滲む危険な色。
しかしこれが、色欲であるはずがないのだ。
「俺が言いたいのは那紗がもっと夜兎っぽかったら強かっただろうなってこと。
だから、君が俺の子供産んだら、強くなりそうだろ?」