血脈の狭間

□12 綺羅星の宣戦布告
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その時だ。

「そこまでじゃ!」

ヒゥンッ!

一喝と風切り音がほぼ同時に、場の空気を吹き飛ばした。

回転しつつ飛来したのは孔雀の扇。
神威は瞬時に振り返ると、扇の隠し刃を人差し指と中指の間に挟んで、その勢いを完全に受け止めた。

那紗はぽかんと口を開けてその様子を見ていた。
先程までとは別の意味で鼓動が加速する。

なにしろこの部屋に姿を現したのは、待ち焦がれた、あの、

「貴様、煮るなり焼くなり好きにせよとは言ったが、食っていいと言った覚えはないぞ!那紗から離れよ!」

華陀、なのだから。

「か、華陀さま……!」

「へえー、今頃来たんだ」

神威は案外あっさりと那紗に背を向けた。
手にしていた扇を軽く投げる。
飛来した時同様に回転しながら、吸い込まれるように華陀の手の中へ戻っていく扇。
華陀はちょうど持ち手の部分を受け止めると、ゆったりとした動作で幾度か扇いだ。

「那紗、修行は終わりじゃ。戻れ」

翡翠の瞳に射止められる。

つまりそれは…また華陀のもとにいていいということ。


辰羅族でない自分は、華陀にとっては用無しなのではないかと恐れていた。
次に華陀に会えた時は、どんなことをしてでも認めてもらいたいと願っていた。

そんな、ずっとずっと欲しかった言葉。

「…う、ううっ……華陀さまぁ…!」

歓喜の涙が溢れてくるのを抑えることも忘れ、那紗は華陀に駆け寄ろうとした。

しかし、

「那紗」

重たい声音に呼び止められ、那紗はピタリと動きを止める。

「そうやって君はまた、辰羅族になろうとして苦しむのかい?」

振り返れば、神威は滅多に見られないような真剣な表情を向けていた。

そこに少しだけ、初めて神威の本音が覗いていたように思える。

ひどく利己的で酷な目的であったとはいえ、騙されたとか幻滅したとかは思っていない。神威の生き方が那紗を救ってくれたことには変わらないからだ。
そこから離れて、自分は果たして……



星の居場所は所与のものだけれど、わたしはそれを選べる。

二つの恒星の狭間で、那紗はしばし思い悩んだ。



此方には夜兎の世界。
彼方には辰羅の世界。


どちらも那紗の大切な人。



種族にはとらわれない。心のまま、感情のままに選ぶ、わたしの主は……



「神威さまが見ていたのはわたしの中の能力だけで…わたしを認めてくれたわけじゃなかったんですよね」


しんとした部屋の中、那紗の声音が、闇に瞬く星のように静かで確かな存在感を放つ。


神威はほんの少し、本当に少しだけ、瞼を動かした。
もしかしたらそれが落胆の表れだったのかもしれない。

那紗の足は出口側、華陀の方へと向いていた。
一歩ごとに、ずっと焦がれていた主君のもとへ近付くことができる。

女帝の威厳を纏って立つ華陀は、切れ長の眼を満足そうに細めた。


「わたしは、華陀さまさえ許してくださるなら、また華陀さまのために戦いたいです。今までずっと、わたしの中心は華陀さまで……それは辰羅族だからなんかじゃなくて……」

「…悪いことをした」

思いがけない謝罪の言葉が華陀の口から飛び出す。

「そちは戦うことを忌避しておると思っていた」

「それは、その…!」

「わかっておる」

情けない表情を浮かべる那紗の言葉を、華陀は強い口調で再び遮った。

「辰羅の純血でないとはいえ、そちは紛れもない辰羅の戦士じゃ。今後もわしの部隊で先陣を切ってもらうぞ」

強さの中に慈しみを垣間見て…やはり華陀こそが那紗の絶対者だという確信に至る。




が、


そこが那紗の限界だった。



「華陀さまぁぁぁ!華陀さま大好きですっ!」


「お、おい、なんじゃ…」


「一生着いて行きますぅぅぅ!」



感情が爆発するのに身を任せ、那紗は華陀に抱き付いた。


華陀の戸惑ったような声も、頭を撫でてくれる手も、すべてが幸せにかわる。



後先考えずに行動するなんて普段の那紗からすれば信じられないが、それほどまでに華陀の言葉が嬉しかったのだ。


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