血脈の狭間
□12 綺羅星の宣戦布告
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正直わけがわからない。
目の前で繰り広げられている那紗と華陀の戯れに対して、神威の率直な感想がそれだった。
華陀は那紗を捨てたんじゃなかったのか。
那紗は俺のものになったんじゃないのか。
考えて答えが出るはずもない。
女ってわからない。さらには辰羅族の思考法もわからない。
そういうところに理由を求めて自分を納得させるしかなかった。
神威は阿伏兎が華陀に語った言葉を知らないのだから、華陀の心変わりを理解できないのは当然ともいえるのだが。
いい加減、きゃいきゃいと騒ぐ那紗を見ているのにも飽きてきた神威は、
「早く連れて帰りなよ」
「フッ…なんじゃそれは。嫉妬でもしてみせたらこやつも考え直すかもしれんぞ?」
「ちょ、華陀さま!?」
「いいよ、別にそこまで執着してなかったし」
「つれないのう。強がりかえ?」
「まさか。あんたこそ、今後はそのペット手放すなよ」
「欲しがっても貴様にはやらぬわ」
「もうちょっと調教してくんないと世話が大変で貰い手つかないって」
神威は内心舌打ちをかました。
この女、本調子になった途端性格悪い。
気に入らないからといって実力行使に出るのはさすがにまずい、それくらいは承知している。
したがって、いつもの笑みに目一杯の敵対心を込めて舌戦を繰り広げる羽目になった。
その有り様たるや、泣く子も黙るなんとやら、だ。
渦中の那紗はおろおろと二人の団長を見回している。まさに小動物。
わたしの扱いひどすぎます、とかなんとか聞こえるのは無視する。
無論、那紗にこの事態を収束させようとは考えていないので、神威は長いため息で強引に応酬を断ち切った。
「じゃ、俺は行くから」
「あっ、ま、待ってください…!」
部屋を出ようとする神威を那紗が引き止める。
面倒くさい、が、浮世の義理だ。
神威は那紗たちに背を向けたまま足を止めた。
「神威さま。あなたがしてくれたこと、わたし絶対忘れません。ありがとうございました」
「…あんたも物好きだね」
「いいんです。酷い神威さまでも、わたしが惹かれた神威さまです。わたしのことは、見てくれなかったみたいですけど…」
「……」
「でも、わたし強くなってみせますから!神威さまに強いと言ってもらえるくらいに!」
少し興味が涌いて、神威はちらりと振り返ってみた。
どんな顔でこんなことを言っているのか、と。
「そうしたら、今度はわたしを見てくださいね!」
第七師団で過ごしていた間には見せたことのないような満面の笑顔がそこにあって。
まだ那紗を手に入れたとはいえなかったのだな、と気が付いてしまって妙に悔しい。
那紗を自分と同じ次元の戦場に立たせるために行ってきたいろいろなアクションは、すべてここに収斂しているように思えた。
目論見通りとはいかなかったが、実になっただけよしとしようか。
ぬるま湯のような満足のもと、視線を前に戻した神威はひらひらと手だけ振った。
それが、別れの挨拶だった。
部屋を出たすぐのところに阿伏兎が待機していた。
聞いていたのか、と思うとなんとなく気分が悪くなる。
このタイミングの良さ、もしや華陀を那紗のもとへ連れてきたのは阿伏兎ではないだろうか。いずれ問い詰めてやらねばならない。
とりあえず目下の腹いせにはどんな方法で苛めてやろうか。
そんな、本人が聞いたら卒倒しそうなことを考えながら廊下を歩いていると、後ろから阿伏兎が話しかけてきた。
「土壇場で成長しちまいやがったな」
「那紗のこと?」
「ああいうのがアンタの言う強い魂じゃないのかい?」
「うーん…そう?やっぱりちょっと軟弱だよ」
素材はいいのに根性がない、と神威は肩をすくめる。
阿伏兎は小さく息を漏らして、
「焦んなよ、団長」
諭すような声音で言った。
「あの子はまだまだ発展途上だ。アンタだって更に上に行くんだろ?強い相手なんざわざわざ作らんでも宇宙にいくらでもいるさ」
「…そーかもね。けどちょっと惜しいことしたな。強くしてからなんて言わないでさっさと産ませりゃよかった」
「おーおー、エグいこと言いやがる」
「まあ、いいや」
「…?」
「強くなってくる、ってのには期待してるからね。子供産ませるのはその時かな」
執着しているのだかいないのだかわからないような台詞を自分が口にしたことに内心苦笑する。
一番の目的はその血に宿る強さへの可能性だったとはいえ、そういう欲を掻き立てる、困った小動物であった。
無い物ねだりはしないから、広い宇宙のどこかにいるはずの、新たなターゲットとなる強者をまた探さねばならない。
強さを求めるための手間なら苦にならない。むしろ未だ見ぬ強者との邂逅を思うと血が沸き立つようだ。
そして神威は、自らの望みのままに、夜兎の道を往く。
Fin.
20110514
もはや恋愛感情だったのかすら……読んでくれた方の解釈にお任せします←
ありがとうございました。