血脈の狭間
□11 わたしの誇り
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神威は敵将にかかりきりだ。那紗に向かってきた軍団は自力でなんとかするしかない。
統率の穴を見極めればそれが勝機になる。那紗は鋭い視線を周囲に向けた。
ぐるりと囲まれたにも関わらず、那紗の表情には一片の焦りも浮かんでいない。
己が死ぬのは、怖い。
他者を殺すのは、痛い。
だが、今の那紗の心はそれすらも上回る感情が支配している。
「お互い主君に命を捧げた者同士。全力で行きます」
二振りの短刀を両手に構え、低く腰を落とす。
一対多、数字の上では明らかに那紗が不利なのに、強い言葉がそう思わせない。
まず飛び出してきた相手の武器を軽々とさばき、斬り伏せる。
隙をついて横から繰り出された刃は身体を捻ってかわし、蹴り飛ばして距離を取った。
包囲網は解けない。
なおも続く波状攻撃。
だが那紗は、全身が冴え渡るのを感じていた。
感覚は鋭敏に、思考は研ぎ澄まされ、そして血は沸き立つ。
那紗の身に秘められた辰羅と夜兎の能力が存分に発揮されるのは、この身に流れる二つの血を意識したせいだろうか。
戦闘種族としての自分を受け入れつつある那紗が、ここにいる。
やがて気付いた。
波状攻撃の一番手、つまりは囮役なのだが、その剣捌きが鈍くなってきていることに。
春雨を相手に勝利の見えない戦いを続け、彼らは迷いを感じ始めたのだろう。忠誠と命を天秤にかけて。
その程度で辰羅のような戦術を組み立ててくるなどと冗談ではない。
言いようのない憤りが込み上げてくる。
忠義を軽視するような者に負けるなどと、那紗の心が許さない。
今は神威のために戦うことが第一で、死ぬも殺すも二の次であった。
けれど。
こいつらにだけは絶対に負けられない。
「お前たちに辰羅の真似ができるわけが無い!生半可な覚悟で我々と同じことができると思うなッ!」
吼えて、包囲網に飛び込む。
突然の動きと恫喝に対して、敵の反応はやや遅れた。
正面の二人に一撃で致命傷を与え、直後、宙返りの要領で後ろに跳ぶ。
着地と共に刃を振り抜き、これで四人。
那紗を取り囲んでいた連中のうち、ある者は狼狽え、ある者は向かってくる。
陣形は崩れ、那紗は容易く包囲を抜け出した。
短刀を構え直し、再び敵の軍団へ斬りかかっていく。
作戦を忠実に遂行する軍団は、既に烏合の衆に成り果てていた。
動きは単純で読みやすく、鈍い剣閃は容易に捩じ伏せることができる。
敵がいかに多勢といえど、那紗に敵うはずもなかった。
わたしは刃だ。
鋭く、冷酷に、迷いなく。
わたしは神威の刃だ。
あの人のために、戦場に立つ。戦略を練る。剣を振るう。
皮肉なことに、必死に辰羅族になりきろうとしている時よりも辰羅族らしい戦いができる自分がいた。
ただし、冷徹無情になりきるのではなく、感情に全てを委ねて。
胸の内にひしめく恐怖も不安も、神威のために戦いたいという気持ちが塗りつぶしてくれるのだ。
戦わなければ。けれど、怖い。
結局のところ、そうした自己矛盾は破壊することでしか解決できなかったのだろう。
心の中に渦巻いた悩みも葛藤も打ち砕いて、至極シンプルな形に納める。
その破壊は神威だけがくれる。
ただ強さだけを求めて、理屈抜きに前に進む、単純ゆえの眩しい生き方に那紗は惹かれた。
戦場に連れ戻してくれたのは神威だ。
だから神威のために戦う。
わたしは那紗。
辰羅族でも夜兎族でもない戦闘種族。
大切な人のために命をかける、ただの『那紗』。
わたしの戦いを、見付けた。
だから。
こういう戦い方ができるのならば。
「もう一度、華陀さまのためにも戦えるかな……」
もう一人の大切な人の姿が瞼の奥にちらついて、小さく呟く。
最後の敵は、その呟きを聞く前に首の急所に一突きを受け、床に崩れ落ちた。
那紗は折り重なって倒れている、かつて忠実な兵だったモノたちを一瞥する。
もっとも、那紗の手にかかるよりも前に、彼らは『忠実な兵』ではなくなっていたのだが。
「なにがあっても上に立つ者を最後まで信じ、服従する。それができない半端な忠誠じゃ、辰羅には及ばない……」