血脈の狭間
□11 わたしの誇り
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二振りの短刀を鞘に収めて、そういえば神威はどうしただろうと視線を上げた。
もちろん心配など無用という様子で、神威は自らが手にかけた者たちが折り重なって倒れている上に腰掛けている。
目が合うと、ひらひらと手を振ってきた。真っ赤になった手を。
反応に困り、とりあえず苦笑を返す。
「俺の仕事は終わりかな」
軽い身のこなしでそこから飛び降りて言う。
残党の掃除まではやる気にならないのだろう。
下の階では部下たちが破壊の限りを尽くしているらしく振動が伝わってくる。彼らに任せておけば問題ない。
那紗は瞑目して深く長く息を吐いた。安堵とも虚無感ともつかない、いろいろな感情がない交ぜになったものをそこに乗せて。
なんだか、長い迷路を抜けてきたような気がする。
辿り着いたここが最高のゴールなのかどうかはわからない。
ただ、生きやすくなったことだけは、確かだ。
「口調、変わるね」
「へっ!?」
何の脈絡もなく指摘され、那紗はすっとんきょうな声を上げた。
つい感情が昂って敵兵に向かって吐いた啖呵を聞かれていたのか。
なんでも見透かすだけでなくて地獄耳でもあるらしい。……なんて厄介な相手だろう。
「な、ナメられたら終わりじゃないですか」
「清々しいくらい別人だよね。ああ、そういえば最初に会った時もこんな感じだったな」
「ええと…それは……」
「そっちが本性?」
「そ、そういうのではなくてですね……」
しどろもどろになって、目を泳がせて。これでは問い詰めてくださいと言っているようなものではないか。
落ち着け、と自分に言い聞かせるが焼石に水。
いくら頭脳戦ができるといったって、やはりどうしても神威には勝てないようだ。あらゆる意味で。
ニタニタと笑みを浮かべた神威は諦めてくれそうにない。
…観念するしかないようだ。
「クールビューティでかっこよくて強い女の人に憧れがありまして……」
「うん?」
「戦いの時くらいいいかなと思って、いえあの、悪ノリなんですけど」
照れて顔を赤く染めて、斜め下に視線を逸らして口を開く。
その尖った耳の付け根で通信機の回線が繋がっていることを示すライトが点滅していることに気付かないままに。
「……華陀さまの真似、してみるのが、楽しくて…つい」
『……真似、してみるのが、楽しくて…』
そこまで再生したところで、阿伏兎は停止スイッチを押した。
あとに続くのが耳障りな神威の爆笑だと知っているためだ。
任務の最中、こっそりと那紗の通信機の回線を開き、彼女とその周囲の音を録音しておいたのだ。那紗の言葉は小さな呟きも含め綺麗に記録されている。
それは誰が聞いても那紗が未だに華陀を慕っているのがわかる内容だった。
乱戦になったのをいいことにこの作業のために身を隠していたのは、誰にも気付かれていない。
「どうだい。これ聞いてもまだ、あの嬢ちゃんを突き放すのか?」
もちろん録音したのは現在の通信相手に聞かせるためである。
『……黙れ』
スクリーンには華陀の姿――正確には、今は華陀の顔の半ば以上を隠す孔雀の扇だけが映っているのだが。
いつぞやのように艦橋に人の姿はなく、照明も落とされている。神威すら今はいない。
阿伏兎と華陀との、文字通り密会であった。
「アンタは他人の幸せ考えンのが下手すぎらァ」
『…戯言を申すでない』
「あの子はなにがあってもアンタに着いて行きたがってんじゃねえのかよ」
『馬鹿な。所詮、駒の一つじゃ。利用する以外の接し方をわしは知らぬ』
「この際、御託は置いとこうぜ。特別視してるんだろ?理由はどうあれ、少なくとも他の連中よりはよォ」
『……』
「だったら傍に置いてやりゃいいじゃねえか。第七にいるより、そのほうが那紗のためだろう」
『……なぜそこまで此方に送り返そうとする。那紗はそなたらの邪魔になるか?』
「そんなんじゃねーよ。皆してちやほやしてるぜ?」
『ならば、』
「ただな、俺ァ団長がどっか一つの所に腰落ち着けるのはまだ早いと思ってる。あの人はまだ身軽に暴れてなきゃならねえ人だ。そういう意味じゃ、邪魔とも言えるな」
『おい待て、それはどういう……』
「さーな。あとは直接本人に聞いてくれ。じゃ、母艦で会おうぜ」
通信を切って、阿伏兎は疲れた表情で暗くなったスクリーンを見つめた。
この数週間、例の一件で戦うことを受け入れた那紗は以前にも増して熱心に第七師団の任務に参加するようになった。
だが、神威が那紗に対して求めるものを知ってしまった身としては、このままでいいとは思えない。それは華陀に伝えた通りだ。
阿伏兎の望みでもあり、神威のためでもあり、那紗や華陀のためでもある。これが結局、最良の結末なのだという自負が、阿伏兎にはあった。
20110513
阿伏兎は神威のため
神威は自分のため
華陀は那紗のため
さて那紗は…