血脈の狭間
□7 遺伝子は嘘をつかない
2ページ/2ページ
「あの、この場はどういう…?」
『わしからそちに内密の話があってのう。気付かれたゆえ、彼らにも聞かせるだけじゃ』
「わたしに…?」
那紗は怪訝な表情で神威のほうを振り向いた。
こんな横暴な人が他師団のために動くなんてどういう訳だろうと。
しかし、神威はいつも通りの笑顔を見せるだけ。
いつだって那紗の心を暴くくせに、己の真意は決して見せないのだ、この人は。
『まず、この修行は単なる茶番だったと言っておかねばなるまい』
華陀はこちらの様子に構わず話し始める。
その言葉に眉を跳ね上げる阿伏兎。
そういえば、第七師団に来た当初、酒の勢いでこの修行が決まったようなことを聞いたが……つまり、それも華陀の手の平の上だったことになる。
『わしの目的は那紗の身体を調べることであった』
「え…?」
『すべては、この情報を得るために用意したことよ』
華陀はモニターに一枚の紙を映してみせた。なにが書いてあるかまでは読み取れない。
遺伝子検査の報告書だと華陀は言った。
『那紗、そなたの、な』
そう言って、華陀は意味深に那紗の眼を見つめた。
那紗はただ困惑するのみ。
意図が、掴みきれない。
『悪いがあの時、血液を採らせてもらったぞ』
恐らく、第七師団の船に放り出された日の前の晩のことを言っているのだろう。
あの晩、華陀に薬を盛られたのだった。
寝ている間に身体に触れられたり、ましてや注射針を刺されようものなら、普段の那紗なら確実に起きる。
那紗に気付かれないよう採血するなんて、薬で眠っている間にしかできないだろう。
しかし、なぜ。
そうまでして調べ、しかも隠す必要があるとは思えない。
否。
その可能性に、那紗は勘づいていた。
わかっていて、見ないフリをしていただけだ。
辰羅らしい振る舞いにこだわることで、蓋をした。
心の奥底に封じ込めていた不整合が、露にされていく。
……怖い。
『調べてなにも出てこないなら、黙ってこの修行を終わらせるつもりだったのじゃ。だが、結果が出てしもうた以上、そうもいかぬ』
報告書に視線を落とした華陀の表情が僅かに曇る。
なにかを予期し、那紗はゴクリと喉を上下させた。
『結論から言う。那紗、そちは……辰羅族ではない』
「……っ!?」
『辰羅の血と、夜兎の血が、半分ずつ混ざっている』
しばし。
その場は重い沈黙に包まれる。
神威も、阿伏兎も、華陀もなにも告げず。
渦の中心たる那紗の眼は、虚ろ。
心の鎧が剥ぎ取られる、などという生易しいものではない。
今立っているこの足元が、そして自分自身が、音を立てて崩壊するような。
強烈な目眩。
「……うそ」
ふらり、と。
一歩、スクリーンに歩み寄る那紗。
「嘘よ…!わたしは辰羅だもの!だって、わたしは、誰よりも辰羅らしく…!」
『もうそんな無理はするなと言っておる』
「……!気付いて…いらっしゃったのですね…」
自分の心を偽ってでも、辰羅の戦士であること、華陀に仕えることが那紗の誇りだった。
その全てが、こんなにも容易く失われてしまう。
「そんな…じゃあ……わたし、わたしは……!
いやぁああああっ!!」
20110423