血脈の狭間
□5 誰も知らない虚構
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誰も知らない虚構
とある日の真夜中。
消灯された暗い艦橋の中、モニターが放つ青白い光に照らされた神威と阿伏兎の姿がある。
他に人の気配が無いことや、こんな時刻に暗い艦橋という状況からして、なにか内密の話であろう。
阿伏兎の指が手際よくパネルを叩く。
「これが集めた那紗の資料だ」
「何日も時間かけた割に随分少ないね」
「仕方ねぇんだよ。第四師団内にも春雨本部にも、驚くほど情報が無い」
画面が那紗のプロフィールを示すものに切り替わる。
「春雨はスパイの侵入を防ぐため、構成員の身辺調査を行なっているハズなんだが…」
那紗の出身や経歴が記されるべき欄にはUnknownの文字が並んでいた。
身元不明。高い能力。そして、華陀への強い忠誠心。
それらから推測すれば。
「身寄りのないところを華陀に見初められ拾われた、ってとこかな」
「師団長の強い進言があれば身元不明でも問題にならないだろうからな。だが団長、よく気付いたな」
「うん?」
「那紗が怪しいなんて、俺ァこの資料見るまで思いもしなかった。まったくアンタは変な所で鋭いよ」
「…一体なんの話?」
「なにって…那紗がスパイの可能性があるってアンタだけが気付けたってことだろ。……あぁいや、それとも第七師団の内情を探るために華陀が寄越したのか……?」
眉間の皺を深める阿伏兎。
どうやら彼の頭の中では、神威とは異なる論理が展開されているらしい。
那紗のことを調べろと命じたのは確かに神威だ。
だが、スパイ容疑などと考えていたのではない。
神威の念頭にあったのは、もっと別のことである。
「俺は那紗に怪しいところがあるなんて思ってないよ」
「なにィ?だったらなんで調査なんか…」
「あの子にちょっとした興味が湧いてね」
「……おい、団長。念のため聞いとくが、どんな情報が欲しかった?」
目元をひきつらせた阿伏兎が問う。
先日の命令は第七師団の任務としてというよりは神威個人を満足させるための職権乱用とも言えるもので、情報を集めた労力に見合う対価が得られそうにないことに薄々勘づいたようだ。
神威はにっこりと笑って答える。
「彼女の両親に、会えるものなら会ってみたかったんだ」
「……ンな大層な無礼を那紗が働いたのかい?」
「そういう意味の親の顔が見てみたいじゃなくて。もういいや、資料探しても埒が明かない。直接聞くからどうにかして華陀と連絡とって」
「へーへー。ったく毎度毎度、好き勝手言いやがって……」