血脈の狭間
□5 誰も知らない虚構
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那紗は鼻歌交じりにシャワールームを後にした。
頬がほんのりと赤く上気している。髪は既に乾かしたあとだ。
手には大きめのタオルとさっきまで身に付けていた衣類を抱えていた。それらをランドリーに投げ込んで、スキップに近い歩調で廊下を歩き出す。
先刻まで、模擬戦闘による訓練が行われていた。那紗も参加し、夜兎の一人と手合わせした。
結果は那紗の勝利である。相手が油断もしくは手加減をした可能性もなくはないが、ようやく思い描いていた修行らしきものができて、那紗は上機嫌なのだ。
冷たい飲み物をもらおうと食堂を訪れると、その片隅では数人がわいわいと盛り上がっていた。
そこにはピンクのおさげ頭も見える。なにやら楽しそうだと思いながら那紗はその集まりに近付いていった。
「なにやってるんですか?」
「ん、那紗か。コイツが解けなくなっちゃったからみんなでやってるんだよ」
神威が手の中にある立方体を見せてくる。
色がごちゃごちゃに混ざってしまったルービックキューブだ。
「駄目なんだよね俺、こういうまだるっこしいの。いっそ壊して組み立て直していい?」
「やめてください団長!パズルの趣旨変わっちまいますから!」
苦い顔でがしゃがしゃとキューブを回転させ続ける神威。
那紗はにんまりと口角を上げた。
「ちょっとやってみてもいいですか?」
「うん?いいよ」
神威からキューブを受け取った那紗は、まじまじとそれを眺めた。
面ごとの色の配置を記憶し、移動パターンと照らし合わせる。那紗にとってこの手のパズルはさほど難しい問題ではない。
完成までの道のりが見えたところで面の回転に着手した。
かしゃっ…かしゃっ…
滞りなく動き続ける指先。
かしゃっ…かしゃっ…
ギャラリーの視線は那紗の手元に釘付けになる。
「できたっ!」
数分後、綺麗に色が揃ったルービックキューブに、惜しみない歓声と拍手が注がれる。
無事に復元できたキューブを持ち主に返すと、まるで命の恩人とでも言わんばかりの勢いで、猛烈に感謝された。
「やだなあ、褒めすぎですよ」
大袈裟なくらいの反応にやや照れながらも、那紗は得意気に歯を見せて笑う。
どうも彼はパズルの類いが不得手の癖に好きらしく、まだ解けないものをいくつか持っているとのこと。
それらを解くついでにコツを教えてくれと頼み込まれていると、
「今のって辰羅の特殊能力かなにか?」
隣に座っている神威が、にこにこと笑いながら会話に割って入ってきた。
「いえいえ、そんな大それたものでは!わたしたちって連携を重視して戦うので、自然とこういう力が鍛えられるんだと思います」
身体能力においてやや劣るからこそ編み出した、戦闘の工夫。
空間把握。戦闘パターン分析。最善の戦略をシミュレーションし、実行する。
それをめまぐるしく変化する戦況に合わせて行っているのだから、戦闘中は頭脳がフル回転だ。
そうして身に付いた分析力を以てすればパズルを解くことなど朝飯前。
昼間の模擬戦闘でもその力を存分に発揮した。
先日の任務で夜兎の戦い方を観察していたからこそ、相手の動きを予測し、優位に立つことができたのだ。
「夜兎のみなさんから見たらただの小細工かもしれませんけどね」
「確かにお前ぇに会うまではそう思ってたけど、あながち馬鹿にできねえかもなぁ。今日負けちまったのはアタマの差かよ…」
「第一、戦場でそこまでアタマ働かねぇし。元が良くない上に戦いになると楽しくなっちまってなにも考えられねぇ」
「…ふふふっ」
那紗は声を上げて笑う。
自覚はあるのか、という面白さが半分。夜兎に辰羅の力を認めさせた嬉しさが半分。