血脈の狭間
□3 完全武装
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完全武装
鮮血が飛び散り断末魔が響き渡る戦場。曇天に吸い込まれるように命が消えていく。
任務として戦いを与えられた夜兎たちは嬉々として戦場に繰り出し、あっという間に優勢に立ってしまった。
この任務に那紗も同行していた。
ただし那紗は辰羅の戦闘装束は持って来ただけで身に付けず、戦場全体を見渡せる木立の枝に腰を下ろして夜兎の戦い方を観察している。
「なるほど…緩急をつけた攻撃。始めはセーブして、相手が慣れてきた頃に力を開放すれば容易に不意をつけるってことね。わざと隙をつくって…」
「分析して楽しい?」
単騎での戦闘の仕方を勉強しようと熱心に手帳に書き込んでいると、下から声をかけられた。
神威がこちらを見上げている。
「はい。修行の一環でもありますし」
「とりあえず降りてきなよ」
「え……」
「言うこと聞かないと、ころ…」
「わかりました今行きますっ!」
物騒な単語が聞こえる前に、那紗は弾丸のような素早さで地面に降り立つ。
なにかされるのかと思って若干距離をとっていたが、神威は訝しげな表情を見せただけだった。
「わかんないなあ…戦いに理屈付けする考え方って」
「集団戦闘を得意とするわたしたち辰羅にとって、戦略・戦法は戦闘の要です。理屈っぽくもなりますよ」
「戦略か。俺たちには縁の無い概念だな」
「そのようですね。複数名が同じ戦場にいてもバラバラに戦うなんて…。個人の戦闘力の高い夜兎だからなのでしょうけど」
「だからさ、こうだからこう戦う、なんて微塵も考えちゃいないんだよ。ただ好きなように戦いたいだけだ」
那紗は眉を寄せる。好きなように戦う、というのがどういうことなのかよくわからない。
「わたしにとって戦いは華陀さまのために行うだけのもの。感情の入り込む余地はありません」
効率よく迅速に結果をもたらす以外にどんな戦い方があるというのか。
「真逆だね。俺は感情や本能のまま、俺のために戦いを楽しむ」
やはり理解しがたい。戦いを楽しむという感覚もそうだが、戦場に好き嫌いを持ち込むことも信じられない。
辰羅と夜兎は他者から「傭兵部族」などと一括りにされようとも、その間には越えがたい断絶があるようだ。それがこれほど顕著に表れるとは。那紗は半ば諦めに近い感情を抱いた。
「ま、お喋りはこのくらいにしておこうか。一応那紗も任務に参加してるんだから働いてもらわないとネ」
ピッ、と人差し指を立てる神威。
正論である。那紗にも、分析をしているといってもこれはサボリになるのだろうか、という後ろめたさは先刻からあった。
「承知しました。少しお待ちを」
那紗は辰羅の戦闘装束である白いマントを取り出すと、軽装の上に纏ってマント留めで固定する。
そしてもう一枚の布を頭部に巻き付けた。布の隙間から覗く瞳は既に温度を失っている。
戦場に立つために感情を殺した眼差し。
華陀の懐刀にして辰羅の戦士、那紗の完成である。
短時間での見事な雰囲気の変貌に、神威が口笛を吹いた。
「行きます」
腰に差していた2本の短刀をすらりと抜く。銀の光は那紗の瞳と同じ冷たさ。
軽く地を蹴り、那紗は戦場へと駆け出す。