血脈の狭間

□3 完全武装
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那紗の手並みは神威の眼にも鮮やかに映った。
さすがに夜兎に匹敵、とまではいかないが、神威がこれまで見てきた夜兎以外の種族の中では上位に食い込んでいる。

相手が弱くてつまらないからと戦うのをやめて傍観に徹している神威。那紗を観察しているうちに、口角が自然とつり上がっていた。

淀みなく流れる那紗の双刃。見たことのない型だ。我流だろう。
それも、敵を殺すためだけに鍛えられた剣術だと察しがついた。
那紗は余計な斬り合いをほとんどしないのだ。銀光が閃く時は一つの命が失われる瞬間。

辰羅は戦略・戦法を重んじると言うだけの実力は備えている。磨けば光る珠だ。
華陀が修行だなどと言い出したことにも頷ける。

だが、観察を続けるとあることに気が付いた。
那紗は斬った相手の顔を見ようとしない。
迷いなく刃を振るう姿とはかけ離れたイメージで、なかなか気付かなかったが、間違いない。
それはなにを意味するのか。神威の視線は次第に好奇の色を帯びていく。





那紗は周囲に生きている敵がいなくなったのを確認して、二振りの短剣をおさめると、長く静かに息を吐いた。
泥と返り血で汚れた、頭部を覆う布をするりと取り去る。

装束の下は完全な無表情だった。
しかし、戦いのために纏った氷の鎧とはまた異なる雰囲気が漂う。世界から隔絶されたかのような虚無感。


「なに、考えてんの?」

そこへ神威が歩み寄ってくる。飄々とした笑顔を浮かべて。
向かい合う那紗と神威は、陰と陽のように対照的だ。

「…なにも。終わったな、って思っただけです」

ふい、と目を伏せる那紗。

「ねえ、那紗」

そのまま踵を返そうとするのを、神威が呼び止めた。

「死が怖いんだろ」

一段トーンを落とした声が突き刺さり、那紗は肩を強張らせる。
だが、あくまで気丈に、底冷えのする神威の笑顔を見つめ返した。

「それは…夜兎のみなさんより働きが悪かったとの皮肉ですか」

「いいや。他意は無いよ。で、怖いんじゃないの?」

「辰羅のわたしが、そんなハズ無いじゃないですか。言い掛かりはやめてください」

「根拠ならあるよ。あんた、刺した相手の顔見ようとしなかったよね」

「…………」

その通り、だ。
那紗は唇を噛んで押し黙った。

どうして、という一言が頭の中を駆け巡る。
感情を殺して躊躇いなく任務を遂行する術は完璧に身に付けたはずだ。第四師団でもずっと隠し通してきて、辰羅の同胞にすら気付かれたことはなかったのに。
たった一度、共に戦場に立っただけで、なぜ。

「ねえ、どうなんだい?正直に答えないとひどいよ?」

神威の見透かすような視線に射止められ、蛇に睨まれた蛙の如く身体が動かなくなる。

心の壁を打ち砕かれるような恐怖。
全身から血の気が引いた。

「そう、ですよ…」

どうにかとぼけられないか、とも考えた。だが、勝てない、逃げても無駄だ、と直感が告げた。

絞り出した声は震えている。

「本当は……怪我するのは嫌だし、死にたくない。人を斬ると胸が痛くなる。殺すのはもっと痛い」

それでも華陀のためだから、感情を殺す術を身に付けて戦場に身を投じた。

「やっぱりネ。それって…」

「わかってます。辰羅らしくないこと。辰羅は戦いに感情を持ち込まないのに、わたしはこんな…。でもわたしは、華陀さまの部下でいたいから…!」

躊躇いなく敵を斬るための心の鎧は、那紗が辰羅の戦士でいるための命綱でもあるのだ。

「だから、わたしは…!」

その鎧が、唐突に剥がされて。
那紗は感情の堤防が決壊したのを感じた。
瞳に涙を溜めて、白くなるほど拳を握りしめて、心の悲鳴を解き放つ。

「わたしはあなたも怖い!『辰羅の那紗』を崩してわたしを暴き立てる!もうやめて!わたしに構わないで!」












20110412
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