血脈の狭間
□2 手探り
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手探り
「阿伏兎ー。お客さんだよ」
「あー、待て。後でな。今忙しいんだ」
世話になるのが那紗の本意ではないにしても、華陀が話をつけたという副団長、阿伏兎のところへ挨拶に行かねばなるまい。
そう考えて神威に連れて来てもらったのだが、軽くあしらわれてしまった。
「ちげーよその箱はあっちに積んで……オイそこ、ちゃんと品目ごとに分けろ」
どうやら彼は倉庫整理の指揮で大忙しらしい。
屈強な夜兎たちが右往左往しているのはなかなか面白い図。
夜兎にはずぼらな性格が多いらしい…帰ったら華陀に報告してみようと那紗は脳内メモに書き込んだ。
「お手伝いしますよ」
なるべくなら処遇を早く決めてほしいところ。そのためには倉庫整理を終わらせるのが一番だと判断した。
それに、那紗は元来綺麗好きである。
「あァ?そんな細腕で何が…」
「よいしょ」
「…………」
那紗が軽々と荷を持ち上げたのを目の当たりにして阿伏兎は唖然としている。
少しの間見ていただけだが整理の仕方は大体理解できている。
テキパキと荷を捌いていく那紗のおかげで倉庫内は瞬く間に整頓されていった。
「いやあ、助かった。あいつらどうも手際が悪くてよ」
「いえいえ、お安いご用ですよ」
阿伏兎はすっかり表情を和ませている。
まだ自己紹介もできてはいないが、おそらく第一印象はすこぶる良いはずだ。これでひどい待遇にされることもあるまい。
作業の間もニヤニヤ笑ってこちらを見ていた神威のせいで、那紗にとっては身の安全を確保するのが最重要課題となっていた。
「たまげたぜ、細い腕のどこにあんな力があるんだか」
「そんな大したものでは…」
「辰羅には珍しく馬鹿力ってのは本当だったんだね」
神威のその一言に、阿伏兎は凍りついた。
ギギギ、とぎこちなく首を神威の方へ向けて、
「団長…今、辰羅って言ったか?」
「うん」
「てことは第四師団の…?」
冷や汗を浮かべて阿伏兎が那紗に目を向ける。
なにか第四師団に嫌な思い出でもあるのだろうか。
「はっ。第四師団の那紗と申します。華陀さまの命によりしばし第七師団に身を置かせていただきたく…」
そこまで告げたところで、阿伏兎の深い溜め息に遮られた。那紗は目を丸くする。
「あの女……本気にしやがった」
「……?」
「戦力強化がどうのと言うからよ、だったら夜兎ん中放り込んで修行させりゃあいいと……酒の席でな」
なんだそれは。
つまり那紗の修行は酔った勢いで決まったというのか。いくらなんでも酷すぎはしないか。
那紗がわなわなと拳を握りしめていると阿伏兎が哀れみの眼差しを向けてきた。
「お前さんも大変だな」
「へ…?」
「いや、いい。なにも言うな。上に振り回されるもんの苦労はわかってるつもりさ」
「はあ…」
勝手に同志にされてしまった。
しかし、那紗にしてみれば阿伏兎も華陀と共犯である。元はといえば彼の言葉が那紗の修行の引金になったようなものではないか。
そうは思っても、まさか不平を口に出すわけにもいかない。
少しむっとして視線を泳がせていると神威がこちらを注視しているのに気付いた。
見透かされているような気がしてドキリとする。落ち着かなくて、那紗は慌てて目を逸らした。