血脈の狭間
□1 事変の朝
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「たまには二人きりの晩酌でもせぬか?」
昨夜は第四師団長、華陀にそう誘われたのだ。
断る理由など那紗には無かった。
那紗は肩書きこそ与えられていないが華陀の懐刀と言われており、副団長とは異なる立場から華陀に仕える、第四師団の一員である。
那紗は華陀を敬愛し、華陀も那紗を信頼している。女同士、公私を越えた仲でもあり、今回のような誘いも以前から幾度かあった。
だから那紗はなにも警戒することなく華陀の私室を訪れたのである。
程よく酔ってきた頃、実はとっておきがあるのだと言って、華陀は隠し持っていたらしい高級そうな酒を取り出した。
那紗にしか飲ませぬ、などと微笑むものだから部下冥利に尽きる。ジーンと胸が熱くなった。
「旨いぞ、飲め」
「いただきます」
芳醇な香りのそれに口をつけ、おいしい、と呟く。
杯を空けたところで華陀が扇を広げ、言った。
「那紗よ、我が第四師団の力どう思う?」
「…?わたしは辰羅の戦闘力を疑ったことはありませんよ」
「わしも同じじゃ。だが集団戦闘だけですべての戦場を御せると思い上がりもせぬ。個々の戦力では夜兎や荼鬼尼に見劣りするのもまた事実であろう」
「それは…仰る通りですが…」
「そこでのう…」
語尾を濁す華陀は、顔の下半分を隠す扇の下でニヤリと不敵に笑った。
「師団の戦力増のためよ。そち、ちと修行してこい」
ぐらり、と。
華陀の言葉が合図になったかのように視界が回った。
自分が倒れているのだと認識した時にはもう頭がぼぅっとしていて。
「華陀さ、ま…!なにか盛り…まし……た、ね……?」
フェードアウトする意識の中、華陀の悪い笑みが妙に鮮やかだった。