ばさらしょーと

□ある男のはなし
1ページ/1ページ


※やたらと人が死ぬお話
title by_告別




あるところに、たくさんたくさん 人を殺した男がいた。


初めに殺したのは、男の師だった。

初老の師は、かつて名を馳せた腕利きの男だったが、老いのためか若い男には勝てなかった。

男がさいごにとどめをさそうというとき、師はじっと男を見ていた。
それは何かを見定めるようでもあったし、何かを伝えんとしているようでもあった。

男は何も考えずに刃をふり下ろした。


次に殺したのは城のとのさまだった。男を雇った主からの命令だった。

見張りやら従者やらのはびこる城内には毒を撒いた。
出来るだけ静かに終わるよう考えた、眠るように死んでいく毒だった。
首を持ち帰るため、とのさまだけを直接手に掛けた。
とのさまは、まだ威厳を感じるには早い、壮年の男だった。

さいごにとどめをさそうというとき、とのさまは顔からいろいろなものを溢れさせながらいった。

「金が欲しいなら、力がほしいなら、城が、民がほしいなら、くれてやる」
「なんでも?」
「そうだ、何でもだ。だからどうか、命だけは…」
「じゃあ」

とのさまが何を言いたかったということに興味がなかったから、男には、とのさまがさいごに言った言葉は届かなかった。

とのさまが羅列したものの価値が、男には分からない。
ただ、男がほしかったのは、とのさまの首だけだった。

男は何も考えずに刃をふり下ろした。


ある時は、主の領内で悪さをしていた盗賊を殺した。

人の命を奪うことが平気なのも、手段を気にしないのも、男と似ている集団だった。
あの手この手を使って、目についたものを何でも武器にかえて、束になって、たったひとりの男を殺しにかかった。

男は目茶苦茶をするこの盗賊たちが少し気に入った。
男は、戦の度に見て呉れにこだわり、誇りを重んじて律義に戦い、死んでいく武人が分からなかった。

いよいよ盗賊もさいごのひとりになって、あとは命が尽きるだけとなった。

男は、このさいごのひとりの最期を見届けてみようと思った。
男と同じように、鬼だ悪魔だ化け物だと蔑まれ、疎まれてきた人間が、どうやって最期を過ごすのかを知りたかった。

さいごのひとりは、血で染まった腹とは反対の懐からぼろ切れを出した。
垢にまみれ、煤けて黒くなっていたが、どうやら着物の切れ地のようだった。
さいごのひとりは、それを顔の前まで持ってきて眺め、乾いた唇で一言「かあちゃん…」と言った。
そうしてさいごのひとりは事切れた。

男はがっかりした。散々なことを平気でして、人々に恐れられた盗賊も、人の子だった。


ある時は村をひとつ潰した。
月の眠る日を見計らって、静かに眠る村人を、ひとりずつ手に掛けた。

だけどただひとりだけ、起き出してしまった村人がいた。
男とたいして年の変わらない、若い娘だった。

「父ちゃん、母ちゃん、へいた…みんな どこにいったの」

娘は目が見えないようだった。男は、もう村に誰もいないことを教えた。

「あなたが、殺したの…?」
「そうだよ」
「どうして」
「これが仕事だから」

娘は涙をはらはらと流して、見えない目で男を見ていた。

男は何も考えずに刃をふり下ろした。

「かわいそう」

娘のさいごの言葉だけが村にのこった。


ある日の戦で主を失った男は、とある武家に雇い入れられた。

「お主の働きぶりは、常々耳にしている」
「期待しておるぞ」

そう話す主人をみたとき、まっすぐに人をみる人間だと男はまず思った。

期待に応えるにはつまり、いつものように殺せばいいだけなのだ。
そう考えて男は頷いた。

しばらくして男が任されたのは、なんと子守だった。それは、よく泣きよく笑いよく食べる子供だった。
男は困った。殺すことなら、いくらでもやってのけることができるのに、まったく勝手のちがう子守は、どうすればいいのか分からない。
育ち盛りの子供は、周りのあらゆるものを見て、吸収して成長しているようだった。
それは男の時も例外ではなく、男の前では男がするような顔をした。

曲がりなりにも、主人の期待に添わねばならぬ、と考えていた男は、四苦八苦した。


数年後、その武家には、よく笑いよく叫びよく食べる少年と、よくしゃべりよく叱りよく笑う忍がいた。


子供の世話を任されていた間にも、男はときどき、人を殺しに行っていた。
それが戦でも暗殺でも何でも、仕事の確実さは相変わらずだった。

だがその中身は以前とは少し変わっていた。
いつかのように、殺す相手のことばを遮ってとどめをさすようなことはなくなったし
目的と関係のない人間は、気絶させたり眠らせたり、と殺さずに済ませることが増えた。

それは男にも自覚のない、ほんの少しの変化だった。


子供が少年になり、紅蓮の鬼と恐れられた少年が、青年となりつつあった頃、大きな大きな戦があった。

大きな大きな敵の前に、尊敬してやまない師を数年前に失っていた少年は、成す術をなくした。


戦に敗れ、大きな大きな怪我をした少年は、自身が治めるある村で匿われていた。
たくさんの兵を失い、槍を持つ手を失った少年に、敵からのお触れが出ていることが告げられた。

それは、少年の首を差し出せというもので、少年を匿う親切な村の人々は、人質になっていた。

少年はもう二度と戦えなかったが、大きな大きな敵の兵をたくさんたくさん倒していた。
それ故に、敵は少年が生き延びることを決して許さなかった。

それでも何とかして少年を生かそうとする村人を前に、少年は心を決めた。

「いやだ」
「お前にしか頼めぬ」
「じゃあ俺が代わりになる」
「ならぬ。」
「どうして」
「お前のためにも、俺のためにも、それは許さん」

少年は、たくさんたくさん人を殺した男に、自分を殺すように頼んだ。
少年に出会う前のかつての男なら、たやすい話であった。
人を殺すことなど、毎日飯を欠かさないこと以上に簡単なはなしであった。

それは、少年に会ってからも変わらないことであった。

そのはずであるのに、男は、どうしても少年だけは殺せないと思った。

「俺は、できないよ」
「さいごは、お前がいい」
「お願い、それだけは」
「たのむ」
「できないよ、旦那」
「では命令だ、佐助」
「...」

男は口をつぐんだ。
命令ならば、何があっても従わなければならぬ。己は殺さねばならぬ。
それは、少年に出会う前からの、男の中にある絶対であった。

だが、これほどまでに命令に従いたくないと思ったのは初めてだった。

今までたくさんたくさん人を殺してきた男は、初めて殺した人間がいなくなった後のことを考えた。
そして絶望した。


そして時は過ぎ、敵に定められた、約束の日がやってきた。
耳のよかった男には、幕で囲った陣の外から、村中の人々のすすり泣く声が聞こえた。

「今まで世話になったな。」
「こちらこそね」
「お前のおかげで毎日楽しかった。」
「うん」
「戦の最中も、お前が背を守っているのだと思うと、心強かった。」
「...うん」
「団子もうまかった」
「...」

あれやこれや、笑いながら遺言のように話し続ける主を見て男は、ずるいとも残酷だとも思った。
主が見てきた今までのすべてが、心が、聞くものに刻み付けられているようで苦しかった。

「いい加減でおよしよ、しおらしい」
「潔くいきたいのか、未練がましいのかはっきりしなよ。」

男は憎まれ口を叩いた。
それは、少年と出会うまで、出会わなければ知ることもなかったであろうものであった。

「そうだな。ではそろそろ頼むぞ佐助」
「旦那..いくよ」
「うむ」

男は震える手で、いつものように刃をふりおろした。
肉を断つ感覚と、顔に飛び散った血の熱が、主が最後に残したものだった。

主のもう二度と開くことのないまぶたと、急速に色をなくしていく肌と、熱をなくしていく赤を見て
主は死んだのだと思った。

運び出されていく主の首と、その事実を知ってさらに大きくなった村人の悲しみを聞きながら
男もまた、悲しみに崩れ落ちた。


あのとき、意を決めた主が言った
「叶うなら、殺すのも殺されるのも、某が最後であってほしい」
そういって涙した言葉を思い返しながら

男ははじめて、失ったものの、奪ったものの重さを知った








[戻る]
[TOPへ]

[しおり]