ばさらしょーと

□美しい墓
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title by_告別


「こんの下衆が」

「それは心外だな」

男がいうや否や、どこかで爆発音がした。
同時、ぷちん、と肉と肉が離れる感覚がする。

ちらと視線をやれば、どうやら腕が爆ぜたらしかった。

男に見下ろされる形で地に這う身体。視界の端に見える自分の赤は結構な量だ。
痛感が分からないのは、下手にあの香を嗅いでしまったかららしい。

胸やけのするような、肺や脳みそにこびりつくような匂いだった。

「屋敷ごと吹っ飛ばすやつがあるか」

「己の愛でるものが儚くなくなるというのもゆかしい」

「あんたのせいで兵や女中が死んだんだ」

「断りもなしに屋敷に入る卿に咎められる筋合いはない」

「生憎これが性なんでね」

「云うなら私のこれもまた、性だ」

気休め程度、唯一動く口で何か出来ないかと思ったが、何を云っても男の感情が揺らぐ様子はない。
そればかりかチクチクと、幾何かの毒気を含めた返り言をよこしてくる。

「あんた、好かれないだろう」

「どうだろうな」

「俺はあんたが嫌いだよ」

「結構。忍の感情など気にするまでもない」

「忍だけ?誰にだってそうだろう」

「否定はせんよ」


そう云った男はくつくつと、愉快そうに声を立てて笑った。

近くで熱に耐え兼ねた骨董の壺が割れる
辺りには同様に、男が集め愛でていたものが散乱していた
あれもそのうち割れて焼けて、世間が見出だした価値を失うのだろう

人もものも、壊れるのはあっという間だ。
そして、男はそこに美をみるのだという。

花は散るからこそ美しい、とは誰が言ったのか

男のも、似たような考えなんだろう。
ただ、男が、花では飽き足らなかったという話だ。



「しかしよく見れば、卿はげに美しいな」

「…はあ?」

だからといって、いきなりなにを言いはじめるのだろう。
あまりにも唐突で、面食らってしまった。

潜入して見つかって逃げる間もなく張り巡らされた爆弾(己の屋敷にまであんな大層な仕掛けをしているとは思わなかった)に翻弄されて地に臥して見下ろされての今だ。

いきなり先程までの話の流れを叩き切ってまで話たいことなのかも分からないし
たかだか忍の、それも惨めに敗れボロのようになった姿を、どうしてそう思うのか。

節操がないのも大概だ。


「美か否かなど、心がないと云う卿らには分からぬことだろう」

「あんただって、ないくせに」

「生憎、美しいものを愛でる心は持ち合わせているのでね」

「じゃあ審美眼がお粗末なんだね」

「普遍でないというだけのことだ。卿に理解できぬのも無理はないが」

云って、男は佐助の前に腰を下ろした。
そうしてから左手で佐助の顔を掬って、右手を顔の上に滑らせる。
よく動く唇、緑色の忍化粧、闇を孕んだ瞳、空を焼いた赤い髪…

「北条の忍もそうだったが、卿のその髪はどうして燃えるように赤いのか。生来のものなのだろう?ではなぜそれは普遍ではないのか。母は、おらぬか。では母を殺してまで、その血を吸って生まれたのか。それとも災厄が不吉をもたらすがために天がもたらした目印なのか。どうであれ、他人にはさぞ疎まれたであろうな。」

あれこれと憶測でものを言う男は、目に見えるものすべてに興味を誘われる子供のような目をしていた。

血の中で炎のなかでする目じゃないと思った。ゆらめく炎を映す瞳は本当に愉快そうで、狂気の果てにあるものだった。

「おそらくはね、そうだろうさ」

「と、いうのは」

「俺は捨て子だったらしいからね」

松永の云うは人の常なのだろう。
佐助が五つの時、里に連れて来られたかすがはまさに松永の言葉どうりの所以だった。

そうすればこれは天職なのかもしれない。

はじめから忌み嫌われ、同等に人と認められないいのちなら、人ならざる道に進むのが常なのだろう。

任務でいろいろなところを飛び回っていると、稀に同じ類の人間を見ることがあった。

だが、誰ひとりとして人らしい人なんていなかった。


「それを考えれば、今は妥当な道さ」

「それは興味深いな。卿は余程天に嫌われていると見える。」

「あいにく俺もお天道様が嫌いなんでね。お相子さ。」

「なるほど。だから卿は美しい」


男の篭手先が佐助の顔を引っ掛けながら退いていく。
傷や煤で汚れた顔に、また玉のような血が浮かんだ。


遠くに見える空が色付きはじめた。
目の前に広がる色と同じになっていく。もうすぐ日が暮れる。

「さて、そろそろか」

「なにが」

「甲斐の若虎だよ。貴殿を迎えにくるだろう。」

「来るわけないだろう、忍如きのために」

分かりきったことだろう。
云ってはみたものの、長年見てきた主のことを考えると、いい予感はしなかった。

あの主は、忍を普遍の武人とは違う扱い方をするのだ。

さらに悪いことに、男は至極愉しそうな笑みを浮かべた。

嫌な予感がした

「聞けば若虎は、虎が臥せってからというもの、卿を副将と謡っているそうではないか」

「…」

「だとすれば、失えぬだろうな」


たかが忍すら見捨てない主と、忠実に影となる忍とは、なんと戦場に映えるものではないか

「壊し甲斐があるというものだよ」

「…下衆が」

「心外だな。私なりの審美だよ」

「理解できない」

「それは仕様のないことだ。他人の芸術は度し難いものでもある」


それに卿は忍だろう

分からぬのは致しからぬことだ。男がそう言って笑った時、遠くからなにか、爆発音がきこえた。





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