「ねえ、どうして戦ったの?」 本陣から少し外れたところ、雑木の中に佐助はいた。 周りには、佐助がいのちを奪った死体が散乱している。四肢のないもの、首のないもの、そのどこにも穏やかな死はなく、飛び散った血肉は土に還り、ここはやがて鴉らの餌場になる。 そうして循環するのだ。どんなに不条理な死でさえ。 そして今、佐助もその連鎖に加わろうとしている。指がだんだん感覚をなくしていくのが分かる。思考がが少しずつ奪われていくのが分かる。 そうしていつか、この身体を駆け巡る全ての時は止まる。防具もろとも裂けた皮膚から、口から溢れ出る血は、もう戻ってこない。 いつだって如何なる物語も、理の前には無力であり、平等だ。 そんな状況なのに、今更なにを、と返したくなるような問いをかけてくる人間がいた。 血を失いすぎた佐助には、それが誰なのかが見えない。だが、こんな状況でも、こんなことを聞く人間を、佐助はひとりだけ知っていた。 「戦に勝つため、だよ」 「そのために、死ぬの?」 幸村が大将を務める本陣を守るため、佐助は敵を引き付ける役を買って出た。だが、先日病床に臥せった信玄の不在により、元より圧倒的不利で始まった戦である。 どれほど佐助が力をもつ草だとしても、この状況で囮になるということは、つまりはそういうことだった。 「そうだよ」 「そんなの悲しすぎる」 「たくさん殺した俺が、そんな、今更だよ」 何人も、何人も、世のため人のため主のため。そう言って何人も何人も手に掛けた。 それが、草の者として生きる自分の性であるし、戦場でする唯一であった。 「それも背負って生きればいいじゃん」 「もう詮のないことだよ」 「…でも、今からだって遅くない」 止血のひとつでもすればまだ、いのちを繋げるかもしれない。出血以外に、とくに致命的な傷はみられないし、生命力の強い佐助だから、尚のことそう思えた。 だが戦を嫌い、大義を背負ってそこに立つことの少ない男には分からない。男が言った提案が、佐助にとってどれ程酷なことであるかについて。 男が考える背負うものの重さには、佐助が幾度もの戦で積み上げてきた幾百の屍、いのちのそれは想像されていない。 「…無理だって」 「…なんで!」 「……ほら、聞こえない?」 戦は随分と前に終わったから、あの耳に障るような騒々しさは今はない。遠くから、撤収の作業をする物音は聞こえてくるが、佐助がいっているのはそれではない気がした。 「…いや」 「……そう、やっぱり」 「何が、聞こえるの…?」 そう男が問うと、佐助は一度目を閉じた。そうしてひとつ、ゆっくりと息をして、目を開ける。そのとき、さっきまで男にあった目線はなく、男よりもすこし左の何かを見ていた。 つられて男が佐助の目線を辿るが、先には死体と雑木。なんの変化もないそこに、男は終ぞ佐助の見るものは見えなかった。 「……今までに奪ったいのちが、内包して蓄積してた闇が、呻いたり叫んだりしてるの。痛い、苦しい、赦さない、って。あとそこ、さっき奪ったいのちが這ってきてる。俺も今、あっちに引き寄せられてるから、好機だって。俺のいのちも一緒にって、俺のいのちを引き剥がそうとしてる。」 それを聞いた瞬間、男は、信長の妹お市の存在を思い出した。佐助が表現したそれは、むかし、市の黒禍に触れた時に感じた、まさにそれだった。 そして、同時にぞっとした。今までに奪ったいのちの全部の声なのだとしたら、百や二百なんかじゃ済まされない。 佐助が生まれてから生きるために奪った命は、その比ではないのだ。 それに闇に属する者は、望まずとも自他のそれを引き寄せるから、余計に引きずられるのだという。煉獄も越えた先、苦しみの果てにいる者達に。 だからきっと闇を抱えるものが聞く声は、持たないものには分からない。 佐助はずっと、それらを抱え込んで、なお戦っていたんだろうか。 闇に沈む度にその声に捕われ、いのちを奪う度に増すそれを、ずっと秘めていたんだろうか。 「かなしいね」 「そう、おもう?」 「だって、誰も救われない」 「それが戦さ」 国のため、人のため。そうして奪われた命に、奪ったものは永劫苦しみ、遺されたものは哀しみを背負う。 そこに救いなどはなく、泰平を約束された人々にはいつだって、その人達は含まれていない。名の通りの礎。 その後それらの生殺与奪はすべて、遺ったものの手の内にある。なのに人はそれを忘れ、また同じ過ちを繰り返す。 気付くのはいつだって、その手に収まりきらないことを知る時。 結局は繰り返しなのだ。 いざなわれて融解 闇は明けない 涙は枯れない そしてまた廻る title by_虫喰い |