ばさらしょーと

□いざなわれてゆうかい
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「ねえ、どうして戦ったの?」

本陣から少し外れたところ、雑木の中に佐助はいた。

周りには、佐助がいのちを奪った死体が散乱している。四肢のないもの、首のないもの、そのどこにも穏やかな死はなく、飛び散った血肉は土に還り、ここはやがて鴉らの餌場になる。
そうして循環するのだ。どんなに不条理な死でさえ。

そして今、佐助もその連鎖に加わろうとしている。指がだんだん感覚をなくしていくのが分かる。思考がが少しずつ奪われていくのが分かる。
そうしていつか、この身体を駆け巡る全ての時は止まる。防具もろとも裂けた皮膚から、口から溢れ出る血は、もう戻ってこない。

いつだって如何なる物語も、理の前には無力であり、平等だ。

そんな状況なのに、今更なにを、と返したくなるような問いをかけてくる人間がいた。
血を失いすぎた佐助には、それが誰なのかが見えない。だが、こんな状況でも、こんなことを聞く人間を、佐助はひとりだけ知っていた。

「戦に勝つため、だよ」
「そのために、死ぬの?」

幸村が大将を務める本陣を守るため、佐助は敵を引き付ける役を買って出た。だが、先日病床に臥せった信玄の不在により、元より圧倒的不利で始まった戦である。
どれほど佐助が力をもつ草だとしても、この状況で囮になるということは、つまりはそういうことだった。


「そうだよ」
「そんなの悲しすぎる」
「たくさん殺した俺が、そんな、今更だよ」

何人も、何人も、世のため人のため主のため。そう言って何人も何人も手に掛けた。
それが、草の者として生きる自分の性であるし、戦場でする唯一であった。


「それも背負って生きればいいじゃん」
「もう詮のないことだよ」
「…でも、今からだって遅くない」

止血のひとつでもすればまだ、いのちを繋げるかもしれない。出血以外に、とくに致命的な傷はみられないし、生命力の強い佐助だから、尚のことそう思えた。

だが戦を嫌い、大義を背負ってそこに立つことの少ない男には分からない。男が言った提案が、佐助にとってどれ程酷なことであるかについて。
男が考える背負うものの重さには、佐助が幾度もの戦で積み上げてきた幾百の屍、いのちのそれは想像されていない。


「…無理だって」
「…なんで!」
「……ほら、聞こえない?」


戦は随分と前に終わったから、あの耳に障るような騒々しさは今はない。遠くから、撤収の作業をする物音は聞こえてくるが、佐助がいっているのはそれではない気がした。


「…いや」
「……そう、やっぱり」
「何が、聞こえるの…?」

そう男が問うと、佐助は一度目を閉じた。そうしてひとつ、ゆっくりと息をして、目を開ける。そのとき、さっきまで男にあった目線はなく、男よりもすこし左の何かを見ていた。

つられて男が佐助の目線を辿るが、先には死体と雑木。なんの変化もないそこに、男は終ぞ佐助の見るものは見えなかった。


「……今までに奪ったいのちが、内包して蓄積してた闇が、呻いたり叫んだりしてるの。痛い、苦しい、赦さない、って。あとそこ、さっき奪ったいのちが這ってきてる。俺も今、あっちに引き寄せられてるから、好機だって。俺のいのちも一緒にって、俺のいのちを引き剥がそうとしてる。」


それを聞いた瞬間、男は、信長の妹お市の存在を思い出した。佐助が表現したそれは、むかし、市の黒禍に触れた時に感じた、まさにそれだった。

そして、同時にぞっとした。今までに奪ったいのちの全部の声なのだとしたら、百や二百なんかじゃ済まされない。
佐助が生まれてから生きるために奪った命は、その比ではないのだ。

それに闇に属する者は、望まずとも自他のそれを引き寄せるから、余計に引きずられるのだという。煉獄も越えた先、苦しみの果てにいる者達に。
だからきっと闇を抱えるものが聞く声は、持たないものには分からない。

佐助はずっと、それらを抱え込んで、なお戦っていたんだろうか。
闇に沈む度にその声に捕われ、いのちを奪う度に増すそれを、ずっと秘めていたんだろうか。

「かなしいね」
「そう、おもう?」
「だって、誰も救われない」
「それが戦さ」

国のため、人のため。そうして奪われた命に、奪ったものは永劫苦しみ、遺されたものは哀しみを背負う。
そこに救いなどはなく、泰平を約束された人々にはいつだって、その人達は含まれていない。名の通りの礎。

その後それらの生殺与奪はすべて、遺ったものの手の内にある。なのに人はそれを忘れ、また同じ過ちを繰り返す。
気付くのはいつだって、その手に収まりきらないことを知る時。
結局は繰り返しなのだ。


いざなわれて融解

闇は明けない
涙は枯れない
そしてまた廻る




title by_虫喰い



 

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