ばさらしょーと

□卑下した日の情景
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※捏造あり。グロテスク気味。
title by_虫喰い








「そういえばね、梵知ってる?」


酒を入れたのは夕焼けの眩しい頃だった筈なのに、空はすっかり暗くなっていた。
縁側で座ってほうけていたら、成実がやってきて、よっこいしょ、といいながら隣に腰を下ろした。
きっとまた最近拾ってきた噂話でもしようというのだろう。毎度毎度飽きもせずどこから拾って来るのだろうか。
しかもその右手には酒が握られている。用意周到なことだ。

「また根も葉も無いもんでも拾ってきたのか」
「ひどいなあ。せっかく梵の好きそうなのを聞いてきたのに」
「ふうん、言ってみろよ」

「こないだ国境で草の者の骸が見つかったんだって」

刹那、政宗の肩がピク、と素直に反応する。
それを見逃さなかったのか、確信犯なのか、どこかニヒルな笑みを浮かべる成実を見て政宗は、やはり血縁なのかと思った。
そうして、ね、興味湧いた?なんて聞いてくるあたりこいつも大概性格が悪い。俺にそっくりだ。

「そんなの珍しくもねえだろ」
「やだなあ、噂話はこれからだよ」
「…ah?」

「それがその死体がすっごい傷だらけでね」
「ああ、」
「殺った奴はこの草に恨みでもあんのか、ってくらい酷かったんだって」
「へえ、」
「見つけた黒脛巾の奴もドン引きしたんだって。よっぽどだと思わない?」
「…で?」

大層めんどくさそうに政宗が相槌を打つ。
成実を睨め付ける視線が、どこからが噂話の本筋なのか草の者は非業の死を遂げるもんだろう、と言外に告げていた。
どうにもこの男は、都合が悪いとふて腐れたようにしゃべる。

いつまでも餓鬼臭いと思ったが、それはまた次の機会に言うことにしよう。言おうものなら政宗が拗ねたように部屋に引き込む様子がありありと浮かんだ。


「それがね、おかしなことに顔も分からないくらい傷めつけられた死体なのにすごく綺麗に、労るみたいに捨てられててね」
「…」
「黒脛巾の奴が悩んでたよ。」
「なんであいつらが悩むんだ」
「よっぽど加虐者が執心してた奴なんじゃないかって、燃やそうか埋めようか悩んでた」


成実が最初にその死骸を見た時、どうしたらこんな風に殺せるのかと思った。
あちらこちらの肉が爆ぜ、顔の所々の皮や爪は剥かれ、切り取られたのか根本近くまでしかない髪はこびりついた血で赤黒くなっていたし、頭の中身も少し掻き出されていたようだった。そしてご丁寧に瞳は刔り取られていた。

でも同時に不思議にも思った。第三者が見ればその死体は酷いの一言で片付けられることだろう。
だけどよく見れば、髪は赤黒いものを削ぐと元は夕焼けのような橙であったし、顔で、剥かれた皮の形は、草の者が施す化粧のようでどこか既視感を覚えるものだった。

そうして何故か、政宗が隠し持っている激しい独占欲のようなものを思い出した。


「ha!くだらねえ。噂話とやらはそれで終わりか?」
「梵こそつまんえねの。せっかく梵がどうしたいか聞きに来てやったってのに」
「なんの話だよ」
「もう一月経つでしょ?武田が滅んでから」
「…」


今から一ヶ月前、武田は戦に敗れ群雄割拠の時代から姿を消した。
それに伴いあの紅蓮の鬼と恐れられた真田幸村も討ち死にしたらしい。圧倒的優位にいた敵大将をも震え上がらせる程の最期だったそうだ。
らしいといえばらしいことだ。

だが、武田にいた沢山の人間の名前が頭の中の死んだ者名簿に書き込まれていくのに、真田の懐刀と呼ばれたあの草の者の名前だけはいつまでも名簿に入らなかった。
草の者だから、といってしまえばそれまでだがあれだけ目立っておいて、こういう時だけ本職らしく在る男だとは思えなかった。


「佐助だっけ?ホントはあの人武田が負けたあとも生きてたんじゃないの?」
「…さあな」
「この前草の者が入り込んだ、って騒ぎになりかけたじゃん。」
「ああ」
「それって佐助って人だったんじゃないの?」
「…」



政宗は答えなかった。代わりにひとつ、酒を仰いだ。
酒に強い訳でない政宗はいつもは小振りの猪子を使っているが、今晩は違った。政宗が持っている花見で使うような大きめの杯は、この静かな夜には些か場違いだと成実は思った。
そうして杯をちらと見る。上弦の月が美しい夜だ。満月のように夜道の影を濃くする明るさはないけれど、見るものを惹き寄せる何かがある。
杯の内の職人技がはっきりと見えるくらい澄んだ酒と、上弦の月を映すそれを見たとき、成実は今までの会話が酷く回りくどい愚問であったことに気付いた。



「これから静かになるね」
「馬鹿言え、あの暑苦しい軍がひとつ潰れただけで静かになるほどこの国にゆとりはねえ」
「確かにね。でも梵は真田幸村と戦いたかったんでしょ?」
「否定はしねえ。だがあいつがそれに値するのに力不足だっただけだ。」
「…寂しくない?」

何が、とは言わなかった。きっと政宗は分かってるけど、俺はうまく言葉にまとまらなかった。


「さあなあ」


そうやって成実が先に浮かべたような笑みを見せて政宗は言った。
その真意を計りかねた成実だったが、もう一度政宗の持つ杯を見てきっとそういうことなのだと思うことにした。


上弦の月夜に不釣り合いな杯では、杯の内の職人技がはっきりと見えるくらい澄んだ酒と上弦の月を映す政宗とは違う色素の薄さを持った丸いそれが、ぷかりころりと時折身を反転させては政宗を見つめていた。


それは右か、左か、などと問うことは今までの会話以上に愚かしいことだと思った。
それはまた機会があれば聞くことにしよう。
聞けば政宗から、あの死骸に足りなかったものが全て出てくる様子が目に浮かんだ。






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