ばさらしょーと

□わたしがこわいと思うこと
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(今日はまた、一段とひどい)

いくら医学生になって、血になれてもここのこの臭いだけは一生慣れそうにない

血の臭いの他は消毒液の臭いしかしない病院と違って、ここは戦場だ。死体の腐敗臭や、それを焼いた臭い、糞便の臭いもする、衛生的に最悪な環境である。


自分はこんなところでの仕事を目指していたんじゃない。と叫びたかったが、今は戦争も末期。自分みたいな半人前を駆り出さないと治療は追いつかないようだし、そもそも今の惨状では戦場以外のどこで仕事をしたところで、こことほとんど大差ないようなのでもう諦めた。


慌ただしい仕事の合間、奇跡的に訪れたつかの間の暇に、前世というものについて考えた

その記憶は、皆が全て持ち合わせているものではないらしい

まだ易者を異形としている世だ。我が持っているこれも、周りに認められることはなく、よく「この地獄に疲れて夢をみたのだろう」と同僚に笑われた


だがいつも違わず思い出すのは、我が随分と昔、鎧を身につけ輪状の刀を持ち戦場を駆けている姿

今のように精度や破壊力の高い飛び道具や戦闘機があったわけでなく、今考えれば随分と原始的な戦い方をしていた時代の話だ

たとえその記憶が不確定なものだとしても、自分がこの焦土に既視感を抱いているのは確かだった

(あの海が随分と懐かしいな)

(あの男はどうなったのだろう)


気付くと、この国にいもしない銀の隻眼を探していた。我ながららしくない。

そう感傷に浸っていると、急に辺りが騒がしくなった。

同僚の張り上げる声、負傷者のうめき声、また銃撃戦でもあったのか

間もなく、自分の担当することになる患者も運び込まれた。外人だった。


「負傷者です!」
「そこに寝かせろ!すぐに行く!」

慣れない大声を張り上げて駆け付ける。

「患部はどこだ」
「左目です」

そう言われた瞬間、心の臓が跳ねた。…落ち着け、左目右目と負傷した者は五万とくるではないか。


最初、運ばれてきた影を見たとき、やけにがたいのいい奴だと思った。顔は包帯で頭まで覆われて分からなかった。患者を運んできた同僚は、そんな我を見ながら伝達ついでに、と敵軍の兵士だと報告を寄越した。

(敵、外の国の人間…それならば、あいつも今日ノ本ではないところで生きているのやもしれぬ)

つい思考が脱線し、元に戻した。本当に今日は一体どうしたというのだ。胸騒ぎが止まない。


我を余所に"敵"の二文字を聞いた負傷兵たちが捕虜にするだの殺してやるだのと騒ぎ出したがとりあえず無視する。そんなことは二の次だ。私は医者なのだ、まず人命確保を優先しなければ。


「おい、しっかりしろ!大丈夫、か…」

「……」

「……?」


おかしい。応急処置の手順、止血の方法、処方する薬…頭ではやるべきことが次々と浮かんでくるのに、身体が言うことを聞かない。

動揺しているのだ。
頭全体を覆った包帯から、銀に似た髪が覗いていたから




ハロー異国の君
左様なら愛しの君

(まさか今この世に生まれずとも)
(あの時よりも融通のきかぬ世だというのに)




***

thanks!
title by:虫喰い




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