ばさらしょーと

□歪んだ鴉の世界に映る、
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※佐助が歪んでます




日常、どうでもいいような会話の中にですらその言葉は溢れている


死にたい死にたいと言う人間の中に本当に死にたい奴が何人いるのだろう

病んだ病んだと言う人間の中に本当に狂うほどに病んだ奴が何人いるのだろう


自分と同じことを思う奴が何人いるのか知りたくて、友人関係を広げた


似たような奴が集まる所なら分かってくれる奴がいるかもと思ってこの部屋に近付いた


だけど結果は残念なくらいに空振りで、どいつもこいつもみんなみんな俺と分かり合える奴なんて誰ひとりいなかった


窓を開けて空を仰ぐ。
雲ひとつ見えない、爽やかなのだろうそれは、しかしコンクリートの校舎に大半を遮られていて褪せてみえた。

(ああなんてつまらないせかい。)



高校の校舎の突き当たりに申し訳程度に設けられた小さな教室、


真っ白な床と、すこしくすんだ壁に椅子と机がぽつんとあるだけの相談室という名の圧迫感のあるそこでは、窓から入ってくる光も、汚い壁に掛けてある時計もカレンダーも、いくらセンスが良くったって可愛くたって、この部屋の中ではマイナス要素を引き立てることしかできない

来月にはここの床を温かみのあるフローリングにするらしいけど、色合い一つ変えたところでこの部屋にくる人間の中で何人がそれを気に留めるだろう。

たかが知れているところがまた面白いくらいに、虚しい



***


所用を済ませてこの学校で割り当てられた自分の本拠地に足を運ぶ。
校舎の突き当たりに申し訳程度に設けられた小さな教室、最初は相談室といういかにもな名前が気に入らなかったが、やってくる生徒は少なくなかった。

一癖も二癖もあるやつらが、愚痴を言いにきたりサボりに来たり、理由はともあれ俺が話し相手になるだけでも違うのなら、この部屋も名前も、そう悪いもんじゃないのだと思う



「"あー病んだ死にたい"ってくどいくらいに言う奴がいたからさ、"手伝おうか?"って言ったの。」

「馬鹿だろうお前」

「失礼な。善意で聞いたんだよ」

「そうかいそうかい。で、そいつはなんて言ったんだ?」

「…"いやいい"」

「だろうな。逃避行動だったんだろう?」

「でもむかつく。」

「てめえが教室行かずにここに愚痴りにくるようなもんさ」

「それは分かるけど、そうじゃなくて俺はサボりたいって言うみたく軽く死ね死にたい、って言っちゃう感覚が嫌なの」

「まあ確かに」

「どうしよう、って落ち込むなら同情もするしアドバイスも考えるよ?でもそこで死にたいはダメだよね」

「そこまで思い悩んでなかったのか?」

「じゃあいっそいっぺん死んじゃえよ、って言ったら拗ねちゃった」

「言い方ってもんがあるだろう」

「堪えらんなかったの。逃避で呟く言葉と、戦場で呟く言葉と、病室で呟く言葉がイコール同じ単語なんだよ?」

自殺した子供の遺書を読ませて、難病と闘う親子のノンフィクションを見て、戦争の勉強をして、何年繰り返し刷り込んでも尚いのちを取り巻く問題は減らないんだ


「ちゃんとその場に見合う中身の差があるだろう」

「そんなのよっぽどな空気の違いがない限り、気付けない人間は気付けないよ」


一番気づかなきゃいけない奴らなのにね。そうやってうっすらと笑みを浮かべた顔にあるふたつの目は笑っていなかった。


猿飛佐助という人間は、数年前に事故で両親を失っている。それがきっかけなのかは定かではないがドライな性格の持ち主が、いのち、を連想させる事柄に関しては異常なまでに固執するのだ


尤も、顔見知り程度の付き合いを持つには差し支えないくらいの愛想のよさがあるため、なかなか回りの人間がその琴線に気付くことはないようだが


「逃避に死にたいっていうんならホント、いっぺん死ねるくらい痛い目に遭えばいいんだよ」

「命が惜しくなれば黙るとでも思うのか」

「それが本意じゃない奴は言おうと思わないさ」


…死にたいという奴に、一回死んでみろというそれにいのちを重んじる姿勢は欠片もみられない。きっと本人が黙認している最大の矛盾だ。

語弊を生むような言葉はしかし、いつかの自分に向かって言っているような自虐的なものを感じさせる。


それは佐助にとっての死にたい、が死に方死ぬ場所の諸々を考え抜いた上での4文字だ、ということから起因する。だから周囲の人間が何でもないようにいうそれに憤りを感じるのだ。


それをさらりと流す心の余裕がまだないのだろう。死にたい死のう、のスタンスの佐助からしたら他人の発するそれは悩みを共有できるものでも何でもない、ということをまず思う。だからひどく虚しさを覚えるのだ。



ただ、何だかんだ言っても初めて会ったあの日から佐助は死のうとしていない。初めて会った日に比べれば随分と落ち着いたものだと思う。


「お前だって死にたがっていただろう?今は思わねえのか?」

「思う、っていったら先生怒るからいわないよ」

「ごまかすなよ」


少し語気を強めると、佐助はやれやれと呟き椅子に座り直した。いつ何時も外されることのない2本のシリコンバンドが揺れる


「どうなんだ」

「…思うよ」


確かに、思わない訳がないと思う。初めてこの部屋に来た時の「周りに迷惑掛けずに死ぬってどうしたらいいの?」と言った佐助の第一声は未だに忘れることができない。

今でこそ周りの人間についてあれやこれやと言うようになったが、根元にあるものはやはりなかなか拭い去ることはできない


「でも死なないの」

「変わったな」

「初対面だった先生に言われちゃったからねー」


死にたかったけど死に切れなくてどうしたらいいか分からなかった時、片倉小十郎という男に出会った

最初は周りの人間と同じだろうと思っていた。でも、左手を見るやいなやシリコンバンドを外されて隠してきた傷を晒されて、そうして怒鳴り付けるように言われた言葉を忘れることができない


"人間は経験を重ねる度に人生の引き出しを増やすんだ。その引き出しが増えた分だけ人生は豊かになるんだよ。その年でたかが知れた数の引き出しから死を選ぶなんて浅薄なことはするな。もっと生きて引き出しを増やせ。"


「まだそんなこと覚えてやがるのか」

「忘れないよ。こんな俺にあんなこと言ったの先生が初めてだもん」

「役に立ったか?」

「うん。引き出しこれでもかってくらい増やしてそれでも死にたくなるまで生きてやろうっておもった」

「結局死ぬのか」

「今のところの生きる理由なの」

「…そうか」

皮肉なものだ、そう思った。

それが顔に出たのか、佐助がからからと笑う。

「安心してよ。今を笑えるようになったら死なないから、さ」

「…ああ。」

だから、そうなったら褒めてよね


そう佐助がいい終わらない内に4限の終わりを告げるチャイムが聞こえる。あと少ししたら、幸村や政宗ががやがやと騒ぎながら佐助を昼に迎えにくるはずだ。


「えーもうこんな時間?」

「そろそろ昼の支度しとけ。真田たちがくる頃だろう」

「うん…あ、きた」

「ほら、今日はここまでだ。午後はちゃんと授業出ろよ?」

「善処しますよ。じゃあ先生さよーなら」


どかどかと押し寄せてきた政宗たちに連れられる佐助を見送り、廊下に反響する足音が遠くなるのを聞きながら奥にある準備室に足を向ける



佐助が今日この日の自分や、過去の闇に閉じ込めた自分を思い出して笑う日はくるだろうか。

シリコンバンドの下にある、両親の後を追いかけた過去の日の傷が癒える日はくるだろうか。


佐助がまず人のあれこれを、こぼれる逃避の言葉を他愛ないことと気にしなくなるのは、きっと自分のいのちに対する考えが変わるくらい心の余裕ができてからだ

本当に、そんな日はくるだろうか


(……らしくねえ)



その助けをするのが自分ではないのか。失念するとは情けない。

佐助が今世界を何色に見ているのかは分からない。だがその褪せた世界を色付けるきっかけは自分であってほしいと思う。なんとまあ浅ましいことよ。







歪んだ鴉の世界に映る、






~110129 加筆修正


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