ばさらしょーと

□止まり木
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「毎度毎度良くくるねぇ。忙しいんじゃないの?」

「忙しいに決まってんじゃん。今だって隠密中なんだから。」

「そんな忍ばない隠密があるかよ」



どんなに加賀や京をふらふらしていても、仕事の度に俺を見つけては話し掛けてくる忍がいる。



以前、どうして俺の居場所が分かるのか、と聞けば"企業秘密"と言ってへらり、と笑っていた




「幸村には怒られないの?気づいてるんだろ?」

「いやー、どうだろう…案外気付いてないかもしれないよ?」

「でも幸村は勘いいよな」

「動物的勘はぴかいちだよ…でも、色事には疎いからねえ」

「ああ、なるほどな」

「今日だって、ちょっと遅くなるかもー、って言ったら何て言ったと思う?」

「理由は?とかじゃなくて?」

「"そうか!では帰りに団子を頼む!"…だって」



ありえない、などと言って肩を落とす


それを俺はひとしきり笑ってから、「まあまあ、」なんて言って慰める。

ついでに、「じゃあ幸村やめて、俺にしてみない?」とも聞いてみる

…いつも「冗談!」などと一蹴されるのだが。


いくら冗談めかして誘っているとは言え、本心をかわされるのは些か傷付くというものだ





「あーあ、旦那ってば早くこっちに振り向いてくれないかな」

「幸村って鈍いんじゃないの?」

「そうなの!俺はこんなに旦那のことが好きなのに、旦那全然気付いてくれないんだぜ?」

「じゃあ敢えてしばらく距離置いてみたら?」

「えー…、俺が旦那不足で死ぬかも」

「でも、幸村が気付かないのはそのせいかもよ?あんま近すぎると分かるもんも分かんなかったりするし。」

「押してもダメなら引いてみろ、って?確かにそれもいいかもなぁ…」

「だろ?ねえねえ、もしそうする時がきたら、そん時は俺んとこ来ない?」

「それが目的?誘うんならもうちょっと下心隠してからにしなよ」

「そんなんじゃないって」

「どうだか。…まあ、やってみたい気もするけど俺お仕事あるし、そんな何日も甲斐を空けたりはできないよ」

「ここには来れるのに?」

「俺ってば優秀な忍だからさ、ここで遊ぶ時間取るために頑張ってお仕事してるの」

「それは俺のために?」

「……さあ、どうだろう?」




お茶と茶菓子を片手に話し込んでからしばらくが経った。座り込んでいた佐助が腰を上げ、帰り支度を始める


「さて、と、そろそろ帰ろうかな」

「もう帰るの?」

「うん。もうすぐ、旦那が贔屓にしてる団子屋がしまっちゃうからね」

「そっか、気をつけて帰れよ」

「うん、いつもありがとう。お茶菓子おいしかったよ」



鉢金を身につけながら佐助が言った。



(ああ、今日もまた相変わらずこの鴉は、俺の元に留まってはくれない)



いつだって、自分の手に入ったと思ってもひらり、とかわされ飛び去っていく


彼の眼中に俺など映ってないのだから、まあ当然っちゃ当然だがもどかしくていけない



だけどきっとそれは、彼から幸村より先にたくさんのものを奪ったところで変わらないのだろう



確かめるために試しに佐助の唇を1つ、奪ってみることにした


「………」

「急にどうしたの?」

「…ううん。なんとなくさ。」

「変なの。…あ、もしかしてお礼の1つでもした方が良かった?」

「いんや別に?またいつでもおいで?」

「どうしようかな…来てほしいんなら、たまにはじっとしときなよ。あんたを捜すの大変なんだからね。」



そう言って一つ笑い、忍はまた姿を消した



(…やっぱり、変わらなかったなあ)


きっとあいつは俺と一緒に過ごす時間の何一つ、特別なこととは思っていないのだろう


すべてが仮染めの虚無の上に成り立っていると思うから、何でも言えるし何でもできるのだ


だから、不思議な相互依存の関係上にいる俺には、きっとあいつの中の幸村には勝てる要素なんて在りはしないのだろう



あいつの幸村への思慕は、一歩踏み外せば狂気になりうる何かを孕んでいるから



でも、佐助がいくら強い想いを募らせていても、俺の見る限りではこの想いが実ることなんてないように思う


こいつが強く強く望む赤はまた、遠き北国にいる蒼を望んでいるのだから

そして今はまだそれが恋慕ではなかったとしても、きっとそれは時間の問題なのだろう


だけど、そんなことを言ってしまえば、二度と仮染めの時間はやってこない気がして

俺はまだそれを言えず、仮染めの時間を享受するだけに留まるのだった




手に据えた鷹をそらす





(今はまだ利用されているだけだとしても構わない)

(依存しているのはどちらも同じなのだから)

(でも、もしあいつがフラれて俺の所にくる時がきたら)

(その時は全力で慰めてやるから)

(その時が機だ)

(だから俺はこの関係を利用して、その機を待ってればいい)









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