ばさらしょーと

□煉獄を篝火に
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※佐助死ネタ



最初から、似過ぎてたんだ

飯を作ることが趣味なのも

主君への忠誠心も

戦への覚悟も

愚痴を始めれば主君のことばかりだったのも


だが、だからこそ慣れ親しむべきではなかったのかもしれない

今目の前で真田幸村の骸の傍ら儚く笑うこいつを見てるとそう思わざるをえない


「どうしたの?旦那も大将も死んで武田軍は全滅、あと生き残ってるのはしがない戦忍の俺だけ。何を躊躇うことがあるの…竜の右目?」


戦場におけるこの状況で敵としての俺を呼ぶと、いうことが意図するところなど考えるまでもない。ただそれが分かってしまうことがひどく、悲しい。

この言葉の続きだけは聞きたくなかった。


「伊達に下って生き延びようとは思わねえか?」

「やだね。例え俺があんたを好いた、忍として堕ちた身だとしても、武田の誇りまで棄てるつもりはない」

なんだかんだ言っても、あの喧しい甲斐が俺の居場所だったんから

真田を失い、武田信玄も討ち取られた武田軍は総崩れとなった。もう半刻もしないうちにこの戦も終わるだろう。

そう思った矢先、戦意喪失した佐助に遭遇した。話を始めて随分経ったが、そう言い笑う忍の目線は幾分前からこちらにはなく、戦前にあった武田の情景の残像を見ているようだった


「そうか、なら仕方ない。斬るぞ。」

「うん、そうして」


そう言って佐助は小十郎に向き直り、小十郎が刀を構えるのを確認してから静かに目を閉じ来るべき時を待った。

「……」


だがいつまでたってもそこにあるのは時を止めたような沈黙だった。ゆっくり目を開けると、相変わらず自分に向けられた刃先はそのままそこにあった。


「どうしたの?」

「…いや、」

「斬らないの?」

「……斬る」

「…斬れないの?」

「…」


言われて何も言い返せなかった。

決して小十郎の政宗への忠誠が揺らいでいる訳ではなかった。だが、殺せないのだ。腹の底に潜む修羅が何かに押さえられていて、佐助に向けられたままの刀は動かない。

そしてきっとその何かは、この場に最も忌むべきものなのだろうと感じた

最低だ。
自分でもそう思ったのだから目の前の忍は尚更らしい。ため息ひとつ、少し佐助の纏う空気が鋭くなった。


「ありえない 竜の右目が聞いて呆れる」
「うるさい」
「こんな忍ごとき殺せないの?」
「黙れ」
「乱世舐めてるの?」
「違う」
「どこが違うの」
「…」

「あんたは今、大儀の為と死んだ奴らを愚弄してる。泰平の礎になろうとしてる武田の最期を踏みにじろうとしてるんだ」

「…佐助、」

「やめてよ。どうして佐助って呼ぶの?大儀のために大勢殺したのに、そんな場所にあんたは私情を挟もうとするの?」

「…」

「だから俺を殺さないんだろう?殺せないんだろう?」


憤りに気が高ぶったのか、佐助は一気に小十郎を捲し立てる。そうして一息、息を吸い込んだ佐助が吐き出したのは気体ではなく、真っ赤な血液だった。


「…ッ!ゲホっ、」
「…お前、」


戦場では当たり前の光景だというのに、佐助のそれを見た途端背筋が凍った。あんなに口は達者だったというのに、もう立ち上がる気力もなかったらしい。

慌てて佐助が抱えている真田をどかし地面に寝かす。手の空いた佐助を見ると、装束の右脇腹あたりに致命傷と分かるくらいの血が滲んでいるのが分かった。事切れる真田を庇った時にでも受けたのだろうか


意識せずとも眉間に皺がよる。それに気付いたらしい佐助が苦く笑った

「あーあ、ばれちゃったじゃん」

「なんで言わなかった」

「なんで言わなきゃいけないの」

「治療すれば或いは」

「馬鹿にしないで。だから言わなかったんだよ」

佐助の声に怒気が篭る。だがその声が再び荒らげられることはなかった。

その言葉は静かに、静かに、沸々と熱を持って揺らめく気泡のようだった。


「旦那が死んだのに、武田は滅んだのに、みんないなくなったのに、どうして俺がおめおめ生き残らなきゃいけないんだ。」

「生きていれば何か変わるかもしれねえだろ」

「それは俺のため?」

「…ああ」

「残念だけど、そのたらればは草の者には通じないよ。だからむしろ、尊重して殺してよ。忍が生かされる地獄はあんたには分からない」


例えばもし、あんたが俺を生かして奥州に連れて帰ったとしても、そう遠くない内に俺は俺を殺すだろうさ

そう言って薄く笑みを浮かべた佐助は、おもむろに自分に向けられたまま動かない刃先を掴み、引き寄せた。どこにそんな力が残っているのか篭手は切れ、血が滴っている。


「ねぇ頼むからさ、早く殺してよ。いい加減目が霞んできた」


ホント、折角滅多に会えない貴方がここにいるってのに最後に見るのが暗闇なんて勿体ない。最期に貴方を目に焼き付けるいい機会だ。

だからそのためにも、失血死なんかじゃなくて他でもない貴方の手で、貴方の太刀で、殺めてほしいんだよ


「 お前こそ私情の塊じゃないか」

「あは。確かに 女々しい」

似てるんだね、おれたち

「…ああ」

だからきらいなんだ

だから惹かれたんだ

だから殺しあうんだ

だからこぼれるんだ
どちらからともなく

「さようなら」





その咎を背負い
その罪と墜ちる機がくれば

その機に地獄で会いませう






…戦は終わった

すっかり血の気が失せ、触れれば消えてしまいそうな佐助の顔には、いやに目立つ橙色の髪が映えていて、そんな佐助は、今しがた小十郎の手によって静かに息を引き取ったのだった

幸村の隣に横たえた物言わぬ佐助の髪を今までの苦労を慈しむように撫で、小十郎は思案する


(奥州の安寧を願う政宗様のために己を捧げることができるなら、民を救うことができるなら…)

(そう思って地位と名声を手に入れ、刀を手に取った)

(だが、実際はどうだ)

(救った奥州の民の数をはるかに上回って、戦はその命を、米を攫っていくし)

(それはおろか)

(目の前で死に急ぐ愛しい忍すら救うことができない)








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