とれじゃー!

□ご注文は?
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カウンター席のあるこじゃれた雰囲気のカフェレストラン。
そこそこ人気があるらしいその店は、昼間は満席となることも多く、夜は夜で小さなバーとしてなかなか繁盛している。


が、今は夕方という半端な時間のため客もおらず、ガランとした店内を満たす夕日のオレンジ色が、尚一層物寂しさを際だたせていた。



そんな中、カウンター席で一人まじめにグラスを拭いていた佐助は、最後の一つを拭き終わると、ピカピカになったグラスを拭き残しが無いか入念にチェックし、コトリと静かにカウンターテーブルの上に置いた。


しがないバイトの身でありながら、勤務態度のまじめさから店長より厚い信頼を受けており、あまり人が来ない時間帯はこうして一人で店を任されることも多い佐助。


彼は誰もいない店内をぐるりと見渡すと、「ふぅ」とため息をついた。


「(暇だなー…)」


だれかお客さん、来ないかな。



彼がもう一度、ため息をつこうとした、その時。



カランコローン



来客を知らせるドアベルが小気味の良い音を立てる。


はっと我に返った佐助は慌ててドアの方に顔を向け、


「いらっしゃいま…」



…――固まった。



「よーぉ佐助、来てやったぜ?」


「なんでアンタがここに来るの…!」


がくりとうなだれる佐助とは裏腹に、その客――…伊達政宗は、にやにやと不適な笑みを浮かべながら店に入ってきた。


ガタンと音を立ててカウンター席、すなわち佐助の目の前に座り頬杖をつく政宗。


「…ご注文は?」


渋々佐助が応対すると、政宗は興味津々というようにじろじろと佐助を眺め回した。


「な…なにさ、あんまりジロジロ見ないでくれる?」


恥ずかしいでしょ、と言うと政宗がつけあがりそうなので、佐助はぐっと言葉を飲み込んだ。


そんな佐助の気持ちを知ってか知らずか、政宗が唐突に言った。



「お前、バーテン服すげぇ似合うな。」



「なっ…!」



真顔でそう言われてしまい、戸惑いを隠せない佐助。


「っご、ご注文はっ?」


慌てて平静を装おうとするが、その頬はほんのり赤く染まっている。


「どうした、顔が赤いぜ。…照れてんのか?」


ニヤリと笑う政宗。


「しっ、知らないよ夕日のせいじゃないっ?…てか、ご注文はって聞いてるでしょ、何にするのか言って!!」


そう言ううちにも、佐助の顔はみるみる赤くなっていく。
その様子を面白そうに眺めながら、政宗は言った。


「注文か…よし、耳貸してみなcute boy。」


「い・や!普通に言ってよアホらしい。」


「いいから貸せって。客の注文聞くのが仕事だろ?」


そういう注文は専門外だとは思いつつ、こうなりゃ言うとおりにしてさっさと帰ってもらおうと思った佐助は、渋々腰を曲げ政宗に顔を近づける。



政宗の整った顔が目の前に来ると、その妖しげなまでの美しさに佐助は息をのんだ。


綺麗すぎる肌と、全てを見透かしているような切れ長の目。
その言いようのない深い輝きは、見ているとなんだか吸い込まれそうだ。


かぁぁ、と自分の顔が火照るのが分かる。


「やっぱお前、顔赤いじゃねーか」


面白そうにクスクス笑う政宗。
その仕草に、不覚にも佐助の心臓はドキリと高鳴った。


「(か…かっこいい…)」


思わず見とれる佐助に、政宗が低く囁く。


「ほらどうした、ご注文は?って聞いてみろよ。」


耳に心地よく響くその声は、佐助が酔いしれるには十分すぎた。


「…ご、ご注文は…?」


互いの息がかかるほどの近距離に、佐助の心臓は爆発寸前だ。


「俺の欲しいモンは…」


「んぅっ?!」


言うが早いか、ぐいっと強い力で引き寄せられ、そのまま唇を奪われる。



カウンター越しの、長い長い一瞬。




唇を離した後、まだ頭の中が真っ白な佐助に余裕たっぷりな笑みを向け、政宗は甘く囁いた。




「お前だよ……佐助。」



「っ…!」



「Ha、今度は耳まで真っ赤じゃねぇか。」


「ち、ちが…だってアンタがいきなり…!」


「アンタじゃねぇよ」


「…っ」


指で輪郭をなぞられ、佐助は思わず息を止めた。


「『政宗』だ」


「!……ん…っ」



二回目のキスは、一回目とは比べられないほど深くて。



「っは……ま…さむ、ね…っ…!」


「ん…いい子だ。愛してるぜ、佐助。」


離れた二人の舌先から、銀色の糸が伝った。


「ば…バカっ!誰か来たらどうしてたのさ!!」


まだ熱を持っている顔を思いっきり背けながら、佐助は文句を言った。



だって、こんなの絶対反則だ。



しかし当の本人は、ぷっと馬鹿にしたように笑うばかりで。


「…もう隠せねぇよな。お前、リンゴみたいな顔してるぜ?」


「う……」



言葉に詰まる佐助に、政宗は満足げに笑って見せた。



――…当たり前だ。


この俺を目の前にして、キスまでされて。


赤くならねぇなんて、俺が許さねぇ。




「夕日のせいになんか、されてたまるか…」



拗ねたようにぼそりと小さく呟かれた一言は、しかし佐助の耳には届いていない。


「え?何か言った?」


「何でもねぇよ。」


「えー?今ぜったい何か言ったっ!!」


「何でもねぇっつってんだろ!」


「気ーにーなーるー!」


「だーうるせぇっ!…コーヒー!!『コーヒーをブラックで』って言ったんだ!」


「絶対うそ!」


「るっせぇな、コーヒーっつってんだから早く用意しやがれ!!」


「ったく…ハイハイ承りましたー。」


先に折れたのは佐助の方。


慣れた手つきでコーヒーメーカーを扱い、どうぞと差し出す。


青とオレンジの花がお洒落に描かれた白いコーヒーカップ。


サンキュ、と言って一口飲めば、コーヒー独特のほろ苦さが政宗の身に染み渡った。


「…美味い。」


「とーぜん!俺様が煎れたんだからね。」


「ハッ、まあな。」


「!」


素直にほめられ、驚いたように目を丸くする佐助。
しかしすぐにそれは優しい微笑みに変わる。





「「(たまには、こういうのも悪くない。)」」




日が傾き、いよいよオレンジ色に染まる店内に、二人分の小さな笑い声が染み渡った。




End_

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