ショウセツ


□その笑顔は残酷なほど眩しくて
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吐く息が白い煙になる。
「う゛ー、寒い…」
肩をすくめ、体を腕で抱き抱えるようにする誠記(もとき)。
「外周4周とか死ぬ」
俺はささやくように言葉を落とした。


「早く走ろっか」
そう言って誠記が走り出す。


誠記の走りは美しい。
長い手足がしなやかなバネの様に地を蹴っていく。
前へ前へと進むその姿に何度目を奪われたことか。

誠記に置いていかれないように、と俺も走り出した。



冷やかな風が頬を刺す。
ときには助けてくれ、ときには邪魔をされ、そんな風が嫌いではない。
長時間走っていると、刹那に風になっているような感覚を抱く。
その感覚が好きで、俺は陸上部に入部したのだ。



少し先を走っていた誠記に追いついた。
彼の頬は上気し、少し赤い。
「ねぇ、一樹」
誠記は前を向いたまま俺に呼びかけた。
俺は誠記の横顔を見つめた。

走っている時の誠記の瞳は美しい。
けれどその瞳は本当に現実を映しているのだろうか、と不安になることがある。
俺には走っているときのその目には、現実とは違う何か美しいものを見据えているように感じてならない。

「俺、一樹のこと好きになってよかったのかな?」
唐突な質問に驚き彼の表情を読み取ろうと努めたが、俺にはなんの感情も読み取れなった。

「俺は一樹のことを好きになって幸せだよ。
だけど一樹にはそれが迷惑じゃない?
本当は女の子と恋がしたかったなんて思ってない?」


ただ前だけを向いて走る彼と視線は合わない。
表情の無い、いつもの走っているときの目をした誠記の横顔。


「どうしたんだよ、急に」
誠記からの返事はない。
俺たちは二人肩を並べて沈黙を守ったまま走り続けた。
ふいに誠記が足を止めた。
そこは校舎裏で、味気ない灰色をした塀と小さな道路に挟まれている。
人影はなく、ただひんやりとした空気が流れているだけだ。

誠記は俺の顔を覗き込んだ。
そして、ついばむようなキスをした。

あまりにも唐突なことで、俺は目を見開いた。

「なにす…っ」
「俺ね、今幸せなんだ。
一樹と一緒にいられることがたまらなく嬉しい」

誠記はそう言って、ニッコリと笑った。



本当は誠記との恋に後悔ばかりしていた。
ファーストキスが男だとか、人には絶対言えない。
体を重ねたって、こっちは正直痛いだけだ。
女の子と恋愛をしていたら周りに隠さなくてもいい。
セックスだって、きっと気持ちいいだろう。


だけど、俺は誠記が好きだ。
そうやって笑われると、今ままでの後悔だとかが一遍に吹き飛んでしまうのだ。


俺は一樹から顔を背け、再び走り出した。
冷たい風が頬を撫でる。
しかし俺の頬が赤いのは、走っているから、ということにしておいて欲しい。
その笑顔は残酷なほど眩しくて


仕方ないから愛してやるよ
 

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