ショウセツ


□声に溺れるセーラー服
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桜の散る4月の午前8時12分。
クラス替え直後のざわついた教室のなか。


みんな友達とおしゃべりをしている。
一人ぼっちにならないように、友達を作るので必死なのだ。

そういう私も去年から仲のよかった同じクラブの友達と、その友達とで必死に腹の探り合いをしていた。

セーラー服を着た笑顔の可愛い女子高生だって、容易にみんなで仲良くなんてできない。

だから容姿や身につけているもの文房具なんかを盗み見て、その人の性格を推測する。
そうしてその人が好みそうな質問をする。

私の振った話に食いついてくればそのまま話せばいい。
もし言葉に詰まったならば、違う話に変える。

そんな質疑応答の果てに、やっと大人から羨ましがれる様な女子高生同士の友達がつくられる。




午前8時35分。
チャイムが鳴った。
担任が教室に入ってくる。
40代後半の男の科学の先生が教材や私たちに配布するプリントでいっぱいになった買い物かごを教卓の上に置く。

特別好かれても嫌われてもいないその先生に言葉をかける生徒はいない。


すこしの緊張感が流れる教室。
先生は自己紹介とありふれた挨拶をした後、配布物を配りその説明をする。


先生がちらりと時計を見た。
一限目が終わるまでまだ23分ある。
一通りの作業を終えてしまい何もすることがないのだろう。
先生は「では、残りの時間で自己紹介をしましょう」とお約束の決まり文句を言ってきた。


教室の隅の一番前の席に座る女子が名前を呼ばれ、席を立つ。
緊張した面持ちで名前やクラブ、趣味なんかを答えていく。

そんなことを知ったって何の役にも立たないのに。
自分が仲良くできそうな子にしか興味がない。

せいぜい10数人、それくらいのクラスメートにしか関わらずに1年は過ぎて行くのだ。
今自己紹紹介をしている長い黒髪の女子は私とは違う部類の子だ。



そんな興味のないクラスメートの自己紹介が着々と終わっていく。
一秒一秒時計は正確に進んでいく。
ぼーっとしているうちに私の順番が回ってきた。
みんなと同じようなことを言って、はい終わり。
早々と着席し、後ろの席をちらりと見る。


眉間に皺を寄せ、読んでいた文庫本を伏せながら立ち上がる彼。

唇が開く音がする。

そして、時間が止まった。


低めの淡々と言葉を繋いでいく声。

特別良い声ではない。
だけれど他の人とは違う何かが彼の声にはあった。
懐かしくて、安心できる声。
その声に耳をすませる。



時間はいつの間にか流れていたようだ。
彼は口を閉じ、着席してしまった。


なんだかおかしい。
真剣に彼の声を聞いていたのに、それは音として私の中に溶けてしまった。
話の内容が全く頭に入っていない。
こんなこと初めてで、頬杖をつきながら考える。



私は恋に落ちてしまったのだろうか。

いいや、違う。
私は恋に慎重なタイプだ。
そんな声を聞いただけで惚れてしまうような人じゃない。
一目ぼれだって信じていないのだ。


胸に手を当てても、いつも通りの単調な心臓の動きがするだけ。
頬だって熱くない。
何なのだろう、この気持ちは。


そんなことを考えているとチャイムが鳴った。

時計は9時25分を指している。
時間はいつもより早く流れていたらしい。



ざわざわと揺れる教室。
私は後ろを向いた。


彼は眼鏡越しの瞳で小説を読んでいる。



私は口を開いた。
「ねぇー…   」     

声に溺れるセーラー服


もっと君の声を聞かせて
 

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