ショウセツ


□ある夏の日の夢
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「いやいや、悪いですよ」
「もっと話がしたいからさ」

そう言って彼は笑った。
私は彼の持つ優しい雰囲気が好きだった。
この人ともっと話をしてみたいと思い、私はドライブを了承した。





ドライブ中、私は彼といろんな話をした。
お仕事のこと、彼の弟のこと、実は私のサンダルが脱げたとき彼は私を見ていたこと、車に流れている洋楽のこと…。
とりとめない話ばかりをポツリポツリと話した。
名前も教えてあったが、私は彼の名前をすぐに忘れてしまった。
もう一度聞き直そうとも考えたが止めた。
私たちにはお互いの名前なんて重要ではないと直感的に思った。


幾度も会話は途切れ無言の時は過ぎたが、逆にそれが心地よかった。



私の彼の印象は、お洒落な大人であるということ。
私とは違う世界で生きていること。
たくさんの経験を積んでいる人だということだ。

私には彼の全てが魅力的だった。

時間が経つにつれ頼れるお兄ちゃんのような安心感に包まれた。



「お兄ちゃんがいたらこんな感じだと思います」
そう言うと、彼は複雑そうに笑った。



「手繋いでいい?」
彼は唐突に言った。
私は二つ返事で了承した。



そうして私は初めて男性と手を繋いだ。
手の汗を拭わなかったのが気になった。だが直ぐに気にならなくなった。


「疲れているときに人が必要とするのは他人の体温だ」
とこの前読んだ本に書いてあった。
その通りだと思う。

私は受験生だが志望校が決まっていない。
それなのに勉強はしなくてはいけない。
見えない目標に向かって努力することに私はストレスを感じていた。

だが彼と手を繋いだ瞬間、深い安心感を覚えた。
子どもが親に手を引かれて歩いているときのような安心感はとても心地よかった。



「手、おっきいですね」
そういって手と手を合わせたりした。

男性にしてはゴツゴツしていない彼の手はとても温かかった。


「手冷たいね、寒くない?」そう言いながら車内のクーラーの温度を調整しようとする彼は優しかった。

「寒くないですよ」
そう言いって私はクーラーを弱めようとする彼を制止した。

皮の車のシートはふかふかで、車内の温度はちょうど良くて、彼の手の温もりが気持ちよくて、睡魔を覚えるほどだった。
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