一筆箋


◆強風 

「うぷっ」
そんな声を上げて、空中高く跳んだはずの向日岳人は大きく体勢を崩しコートに転がった。
「岳人!?」
ダブルスパートナーの忍足侑士があわてて駆け寄る。

「クソクソ侑士!! ダメだ、風が強すぎる!!」
忍足に引っ張り起こされた向日は、乱れまくった髪をかきあげながら上空を睨んだ。
「せやなぁ……」
軽いため息で忍足も辺りを見回す。

「わっ……」
「チョタ、何やって……」
隣のコートでも鳳の投げ上げたサーブボールが風に流され、あらぬ方向へと向かう。

「アカンわ、跡部。この風、練習にならへんとちゃうか?」
忍足も強い風に髪を踊らせながら、腕組みをして何かを考えるようにしていた跡部に近づいた。
「そうだな、監督に言って来る」
跡部の後ろ姿にも風が押し寄せ、ウェアが勢いよくはためく。

「きゃー」
「やだもうっ」
いつものギャラリーの女生徒達が必死で制服のスカートを押さえる。

少しだけ風に感謝。チラリと思い目で笑う。
そんな風の強い放課後。

2011/07/09(Sat) 11:39 

◆春の兆し 

いつの間にかグラウンドを走っても、風の冷たさを頬に感じなくなった。
花の香りもどこからともなく漂うようになった。
「もう春だね」
幸村のつぶやきに
「ああ、そうだな」
柳が答える。

「先週霙が降っただろ? 帰り道にミモザを見たよ。もう咲いているんだな」
薄暗く垂れこめた鈍色の空から吹き下ろされる雨混じりの雪の中、鮮やかな黄色い花が幸村の目に映った。
「どんなに寒くても、植物はちゃんと春を知っている」
遠くを見るように幸村はゆっくりと瞬いた。

自然界のあらゆるものが芽吹き、立ち上がり、天を目指す春。
幸村率いる立海も、また春を迎え新たなる夏を目指す。

2011/03/09(Wed) 13:58 

◆パズル 

 
「さてと……」
土曜日の朝、柳蓮二はキッチンのテーブルでその日の新聞を開いた。
いつもは全面に目を通すが、土曜日の新聞には土曜版という生活情報が別刷りで入る。
その中のパズルコーナーが柳の気に入りだ。
メインパズルは週によって変わるが、迷路も間違い探しもクロスワードも数独も、どれも解決にたどり着かないものはない。

「これでよし……と」
今日の巨大パズルをクリアすると丁寧に新聞を畳み、休日の部活に出るべくラケットバッグを掴んだ。

2010/11/14(Sun) 14:56 

◆落ち葉 

 
「まだ随分暖かい感じがしたけど、ちゃんと季節は進んでいるんだね」
休日の昼下がり、久し振りに来た図書館への道。
「そうだな」
いつの間にか色づいた街路樹から舞い落ちる葉が、不二と手塚の足元で風に押されて乾いた音をたてた。

「落ち葉の匂いっていいよね。秋って感じがして、僕は好きなんだ」
柔らかい陽射しが木間から二人と枝葉の影を作る。
「ああ、そうだな」
明るい不二の声にとつとつと答える手塚。

「今日、部活あったよね」
「ああ」
「帰りに寄ってみない?」
不二や手塚達3年は全国大会後に引退しているが、後輩達は新人戦や秋季大会などに忙しい。
「この季節はグラウンドじゃなくて、ロードワークで走りたいね」
不二が青い空を仰ぎ見て言った。
「ああ、そうだな」
手塚もその色に眩しげに答えた。

2010/11/14(Sun) 10:13 

◆秋のひとコマ 

 
「あれ、これ栗の木やったんか……」
ロードワーク中の忍足が、歩道脇にいくつか転がるトゲトゲの丸い物体を見つけると、思わず足を止めその木を見上げた。
斜面に根を張る細い木は、公園から続く土手を守るように幾本か並んで植えられている。
「桜もそうやけど、栗もその実を落とすまで栗って気づかへんもんやな……」
桜は見頃の時期は桜と認識するが、盛りを過ぎれば忘れてしまう。
「まぁ、見る側が勝手に思うだけで、桜も栗も銀杏もなんも気にしてへんな」
穏やかな眼差しを揺れる葉先に向けると、忍足は再び走り出した。

2010/10/25(Mon) 11:46 

◆影 

 
「暑いな…」
唇を動かさずにそうつぶやくと、幸村精市は気だるそうに今見上げた空から視線を足元に落とした。
信号待ちのわずかな時間、車道を走るトラックの影と並んで小さな影が幸村の爪先をスッと横切った。

「え…」
ぼんやりとして閉じかけていた幸村の瞳が、影を追って素早く動いた。
と、小さくにぎやかなヒナの声が信号脇にある住宅の玄関から聞こえた。

「ツバメ…」
幸村がそう思った時には、影の主は玄関のひさしに作られた巣から瞬く間に飛び出し、次の餌を運ぶため青空へと吸い込まれて行った。

信号は青に変わり、先ほどまでの幸村の顔に笑顔がほころんだ。

季節は巡る。
夏が来て、また暑い日差しの中ボールを追いかける。
それがいい。

それだけでいい。

「よし!」
ツバメが飛び去った空をもう一度見上げると、幸村も勢いよく駆け出した。

2010/08/13(Fri) 15:46 

◆花と蝶 


放課後のテニスコートは部活が始まったばかりだ。ネットを張り、ボールを出して準備をする。

球拾いをしながらふと動く白い影に横を見る。

モンシロチョウが自分の肩にとまった。羽をゆっくりと動かしながら蜜を探るような仕草をする。だが、自分は花ではないから蜜などない。

どうしよう、と思ったが、ただ動かずそこにとどまった。たとえ蝶でも休みたいだろうから。渡りをする蝶は物凄い距離を移動すると聞いたことがある。このモンシロチョウだって、絶えずヒラヒラとその羽をはばたかせ、一日中舞い続けている。


「おい樺地、何してやがる。ちゃんと練習しろよ」
「跡部さん……」
ふと我にかえると、蝶は羽を広げコートの上で舞っていた。
「ムーンサルト!」
「岳人は今日もよう跳ぶわ」
向日の身体を越えて、蝶は空へと羽をきらめかせた。

「樺地!」
「ウス……」
拾ったまま手に持っていたボールをカゴに戻すと、樺地はコートへ向かった。

2009/05/11(Mon) 21:50 

◆柿 


柿の実が日に日に色を濃くして、秋の青空にまぶしいほどに映える。
「美味そうやんな〜」
登校中の忍足謙也は、民家の庭先になっている柿の木を見上げてつぶやいた。
「ガキん頃は、木に登って勝手に頂いたもんやけどな」

少しだけ残念そうに微笑むと、学校へ向かって歩き出した。

「あぁ? 何やて?」
謙也の携帯が震え、見てみると従兄弟の忍足侑士からのメールだった。
『登校中に、いきなりオバハンから柿の実を貰てしもたわ。ええ男はツラいな、ふっ』
とキラキラな絵文字入りで書いてある。
「何やと、ゴルァーッ!」
巻き舌で唸りをあげると、謙也はバッと今来た道を引き返した。
「おはようさん、オバちゃん! いきなりすんません! 俺に柿の実くれはりますか?」
さっきの家のインターホンを押すと、出て来たオバちゃんに思いっきりの愛想笑いを振りまいた。

打倒忍足侑士、奴には負けられへん! 浪速のスピードスターは、貰った柿の実を速攻で写真に収め、従兄弟にキラキラ絵文字を倍入れてメールを送ったのは言うまでもない。

2009/05/10(Sun) 20:19 

◆かたつむり 


「おや、かたつむりですか」
部室のドアを開けようとした柳生は、ドアに続く壁に小さなかたつむりがくっついているのを見つけた。

「どこから来たのでしょうね」
柳生は傍に紫陽花でもあるのかと、キョロキョロしたが、部室近くには目立つ植え込みはない。

「特に気に止める方はいないでしょうから、しばらく滞在されるといいですよ」
柳生はそうかたつむりに語りかけるとドアを開け、部活の支度にかかった。


「おや」
部活が終わり、また部室の前に立つと、かたつむりはまだそこにいた。
「疲れませんか?」

「どうしたんじゃ?」
「ああ、仁王くん」
部室に入らない柳生の後ろから、仁王が不審そうに声をかけた。
「お……雨じゃ」
仁王の頬に冷たい雫が当たった。
「やべっ! 降ってきたぜ」
駆け込んで来た丸井に、ジャッカルも続いた。

「この分じゃ朝練は中止じゃな」
空を見上げて、仁王が言うと
「そうでもない。雨は夜半前には上がる」
スコアブックを抱えた柳が部室に戻った。
「あ……」
「どうしたんじゃ?」
「いえ」
かたつむりはいつの間にかいなくなっていた。
雨と一緒に帰っていったのか、と柳生は思った。

2009/05/09(Sat) 19:03 

◆花の名前 


その花の名前は知らない。
通学途中によく見かけるだけだ。
「何見てるん?」
「あ、侑士。そこの花だ」
向日はテニスコートのフェンスに、つるを這わせて咲く花を指差した。

「ああ、たまに見かけるな。なんちゅう名前の花なんやろ」
「俺も知らねぇんだ」
「後で図書室行って調べてみよか」
「……」
「岳人?」
自分の問いかけに不意に黙ってしまった向日に、忍足は不思議に思い顔を見た。

「何かさ、知らないまんまでいいかなって思うんだ」
「花の名前を?」
「ああ」
向日のどこか照れたような笑顔に
「それもそやね。名前は知らへん花かて、そこに咲いとるんは変わらへんことや」
忍足も、もう一度その花に視線を戻した。

「忍足、向日、さっさと練習始めやがれ!」
「へーい」
跡部の怒声に気のない返事をしながらも、二人は揃ってコートへ駆け出した。

2009/05/08(Fri) 18:56 

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