一筆箋


◆雪合戦 

首都圏にも珍しく大雪が降った翌日。

「行くぜー侑士!」
「なっぶほっ!」
朝練なんてあるはずもないのに、いつもの時間に真っ白なテニスコートに集った面々は、雪遊びに夢中である。
「不意打ちは卑怯やで。覚悟しや、岳人!」
「ほうっとおー! うひゃっ!」
すんでのところで忍足の速球をアクロバティックでかわした向日だが、着地で滑って転んだ。
「あはは、向日ってばスライディングしてるC、面白E〜」
芥川の豪快な笑いに
「ちげーって、凍ってんだよ! バリバリに!」
と、凍結した雪の上で靴を滑らせくるくる回ってみせる。
「すげー! 面白ー! 俺もやるCー!」
すかさず芥川が参入し、激ダサとつぶやきかけた宍戸が巻き込まれ、止めに入った鳳はすっころばされ、呆れる眼鏡も一蓮托生。

そして俺様に怒鳴られて、始業開始のチャイムが鳴る。
そんな冬の朝。

2013/01/18(Fri) 09:05 

◆猫 

学校からの帰り道。今日は先生たちの都合で授業も早く終わり部活もない。

「うん?」
どこかで小さな声が聞こえた。
「っ!!」
自分の歩いている道のすぐ脇にある、アパートの駐車場にその姿はあった。
うららかな陽射しに体を横たえ、目を細め日向ぼっこをしている。
(ね、猫だ、猫! こっこんな何匹もいるなんて……)
海堂薫は目を見開いて固まった。

だが猫たちはそんな海堂にお構いなく、ころころと駐車場のコンクリートの上で好き放題に寝転がる。
いつの間にかしゃがみ込んだ海堂は、猫の目線でその姿を眺めている。

「あ、可愛い!!」
後ろを通る小学生たちが猫に駆け寄る。
「あ!!」
パッと猫たちは逃げ去ってしまった。


また、天気のいい休みの日があったら覗いてみよう。そう思いながら海堂は立ち上がった。
少しだけ陽射しは傾いていた。

2012/01/10(Tue) 17:12 

◆とある店 

「あ……」
ランニング中の手塚は、その場所を見て思わず目を見張り立ち止まった。
そこは、たまに通る道の途中にある小さなラーメン屋だった。

学生ラーメン300円、麺を始めすべて手作り、と店の前に手書きの看板があった。
決して賑わっているとは言えない店だったが、窓越しに忙しく立ち働く店主の姿が見えていた。

「いつの間に……」
手塚の前には何もない更地が風に吹かれていた。

いつか寄ってみようと思っていた。
旨かったら部活のみんなを連れてこようと思っていた。

「……」
更地の端に店主の礼文が、手書きの看板となって最後の仕事を勤めあげている。

幾度か振り返りながら、手塚はゆっくりと走り出した。

2011/12/28(Wed) 20:18 

◆漢字 

「切原」
「あ、何スか先生」
職員室に立ち寄ったら、国語の教諭に声をかけられた。

「お前、お姉さんいるか?」
「姉ちゃんならいますけど……」
教諭の質問に何だろうと思い、首をかしげる。
「これだよ。昨日の漢字100題テスト」
「あ〜……?」
ぴらりと一枚の用紙を出された。
漢字書き取り100題。範囲は2学期習った分で広い。
点数は……あれだ。まあ、予想通り。
けど、これと姉ちゃんと何の関係が……?

用紙と教諭を見比べると、
「ここだ、ここ」
ひとつの漢字を指差した。

「柿が色づく、でしょ?」
「お前、本当に柿だと思うのか?」
さらにわからず、もう一度柿の文字を見る。

「あり……?」
「気づいたか?」
よく見たら柿が姉になっている。

「お姉さん色づかせてどうすんだ」
笑う教諭に頭をぽんぽんと叩かれた。

「ほう」
「げっ! 柳先輩!!」
いつの間にか柳が後ろから点数を覗き込んでいた。

「副部長には内密に頼んます!」
「さて、それはどうかな」
「先輩〜!」
予鈴が鳴り始める中、切原と柳は並んで職員室を出た。

2011/12/21(Wed) 16:13 

◆冬の足音 

「さっみーっ!」
部室から外へ出ると一気に冷気が押し寄せた。
12月も後半、もうすぐ冬休みでクリスマスだ。
「切原部長、お疲れ様でしたー」
「お、おう」
一年の後輩たちが、ネットやボールの片付けをしながら声をかけてくる。

(呼ばれ慣れねぇよな、部長なんて)
実際は全国大会の後……夏の終わりからもう部長なんだけど、前部長……幸村部……先輩が偉大過ぎて、自分の小ささを思い知る毎日だ。

もうすぐクリスマス……なんて、さっきちょっとだけ受かれた気分で忘れた寒さがまた身に染みる。
「はあ……」
盛大についたため息は、白い雲になってすぐに消えた。

「お疲れ、赤也。頑張っているね」
「ゆっ幸村部長!!」
覚えのある声に勢いよく振り向いた。
「よっす、最近遅刻してねぇんだって? 偉いじゃん」
「丸井先輩!!」
「ふむ、部長の自覚というところか」
「柳先輩!!」
そこにはしばらく振りに見る元レギュラーメンバーの先輩たちがいた。

「ど、どうしたんスか!? みんな揃って……」
「図書室で調べ物してたらいつの間にか集まっててね、どうせなら赤也も誘って帰ろうってことになったんだ」
幸村部……先輩のどう?という誘いを断るわけもなく、すぐ先輩たちの中に混ざり込んだ。

それだけでスゲー嬉しくなった。
もう寒くない。

2011/12/18(Sun) 00:08 

◆雷鳴 

「わ……」
店を出ようとした菊丸が、目を皿のようにしてドアの前で急に立ち止まる。
「英二、どうした……」
のと、言いかけた不二も菊丸の後ろで足を止めた。
「ん? やはり雨か」
その後ろから着いて来た乾も、ガラス越しの外を見つめて言った。

「いや、降るとは思ってたけど」
「ここまでどしゃ降りになるなんてさ〜」
聞いてないよ、と口を尖らせた菊丸が乾を振り返ったとたん、激しい稲光と雷鳴が轟いた。

「うっひゃ〜!」
驚いた菊丸が思わず一歩飛びのいた。
「凄いね」
不二も、更に激しく叩きつけるようになった降りに目を細める。

「ふむ。これではほとんど傘の意味がないな」
通りを急ぐ通行人の足元が、打ちつける雨の勢いで滴るほどに濡れていく。

「仕方ないね。まだ時間あるし、小やみになるまでもうしばらく雨宿りしてく?」
不二が菊丸と乾に目を向けると、
「賛成! 俺、さっきのゲームもう一度見てくるよん」
そう言うなり菊丸はエスカレーターの方向へ走り出した。

「ふふ、ディスカウントストアにいてよかったね」
「ああ、時間潰しには調度いい」
不二と乾もゆったりと菊丸の後に続いた。

傘がないわけではなかったが、あまりの降りに三人はもう一度店の中へと戻った。

予定通りにいかない。たまにはこんな、雨の休日。

2011/07/29(Fri) 14:17 

◆浴衣 

夕暮れ、といっても夏の盛りは時刻だけが遅くなり、辺りはまだ明るい。

そんな夏休みも間近い部活帰り、カラコロと下駄の音が近づいて来る。
少し先の十字路から浴衣を着こんだ女性が二人、楽しげに笑い合いながら自分の横を通り過ぎて行った。

もう夏祭りがあるのかと手塚も少しだけ驚いた。

その少し後に、やはり浴衣を着た子どもを連れた家族とすれ違った。

夏祭り、そう思うだけで心が沸き立つ。


夕食後、自室で机に向かいノートを広げた手塚の耳に、どこか遠くから花火の上がる音が聞こえた。

2011/07/18(Mon) 10:14 

◆台風 

台風が接近しているとニュースが告げる。
確かに雨と風が強くなっている。

部活もすべて中止になり、生徒達は皆足早に帰宅した。
だが、真田弦一郎は走る。
毎日早朝ランニングで走るいつもの道、いつものコースを防水コートに身を包みただひたすらに。

川沿いの道に入ると、鳴き声が聞こえた気がした。
足を止めず薄暗い川面に目をやる。
すると、水かさが増し流れも急になった川で、流れに逆らうでもなく優雅に水草をついばむ鴨の姿を見た。
「……」
鴨にとって台風などはとるに足りないことのようだ。
下流まで流れ着いたなら、己の翼でまた上流まで羽ばたき、草をついばみながら流れてくればいい。

いつの間にか真田の足は止まり、ゆるゆると流れていく鴨をじっと見つめていた。

辺りの暗さが増し、雨が少し小やみになると、再び真田は走り出した。
やがてその規則的な足音は、川の流れに混じり消えていった。

2011/07/15(Fri) 13:12 

◆鼻歌 

「桃先輩、それ何の歌っスか?」
「あん?」
「今歌ってたやつっス」
「俺、歌ってたか?」
「……」
桃城の自転車の後ろに乗る越前の耳には、確かにハミングをする桃城の鼻歌が聞こえた。
だが、当の桃城は歌っていないという。

「そういうもんじゃねぇのか?」
帰るなり疑問を口にした越前に、父親の南次郎が答えた。
「チャリに乗ってかっ飛ばしゃ、鼻歌のひとつやふたつ出るってもんだぜ」
ふふふんと、自分こそが楽しげにそのまま南次郎は台所へと消えて行った。


「おじ様っ!」
従姉の声に振り向けば、台所から小走りに出てきた南次郎の口には今夜のおかずであろう芋の天ぷらが。
我が父ながらあさましいものだと思うが、特に相手をするでもなく越前は自分の部屋へと向かう。

空気を入れ替えようと窓を開けた越前の耳に、通り過ぎる自転車からの歌声が聴こえた。
え、と思ったが、なぜか次に通った自転車からもいかにも気持ちよさそうな声がした。

夕飯まで5台の自転車が越前の部屋の前の道路を通ったが、全員鼻歌混じりだった。
「……」
結論、自転車に乗ると歌を歌いたくなる。

それが、越前の得たデータであった。

(あ、でも桃先輩の歌ってたの、何て曲だろ……気になる)
 

2011/07/13(Wed) 00:35 

◆無風 

「今日はまたえらく暑いのう」
「風がねぇ〜」
ねっとりとした湿気を含んだ空気が身体中にまとわりつく午後、相変わらず部活は続く。

「水、水〜」
「も〜ダメっス。限界〜」
次々と部員達が水飲み場に駆け込むと勢いよく蛇口をひねり、頭からそのほとばしりを思いきりかぶる。
「ふひ〜生き返るぜ」

「貴様ら、これくらいでたるんどるっ!」
部員の覇気のなさに真田の渇が飛ぶ。

「いや、弦一郎。この暑さを甘く見てはいけない。大会は長期戦だ。わずかの水や休憩を惜しんで体調を崩しては元も子もない」
「む……」
「健康はすべての基本だ」
「……そうだな」
柳の言葉にその後10分の休憩が言い渡された。


「ふふ、そうだね。蓮二の言う通りだ。部活がサドンデスになっても困るしね」
幸村が柳の一日の報告に楽しげに微笑んだ。
ただ、今はカーテンが閉められた病室の窓に向けられた幸村の視線はどこか寂しげだった。

窓の向こうに見えない青空と、明日を見ようとしているのかもしれない。
少しでも早く、幸村と真夏の日差しとコートに照り返す暑さを再び感じたい。
そう柳は思った。

2011/07/11(Mon) 13:02 

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