一筆箋


◆霙(みぞれ) 

夜半から降り始めた雨は、起床時間になっても降っていた。
「予報通りか」
カーテンを開けた手塚は、窓越しの庭先を見て呟いた。
雨混じりの霙が降っていたようで、椿や山茶花(さざんか)の葉の上にうっすらと白いものが積もっていた。
「さすがに冷えるな」
部屋にあるヒーターを点け手早く着替えるとリビングに向かった。
「おはよう、国光。今日は一日降るみたいよ」
天気予報を見ながら母親が朝食を並べてくれる。
「はい、お弁当」
「ありがとう」
寒い朝でも変わらぬ日常が嬉しいものだと、鞄に弁当をしまいながら手塚は思った。

fin.
 

2020/01/28(火) 11:33 

◆七草粥 

正月も終わり寒い中、新学期も始まる。
「だりーなー」
「とりあえずおめっと―」
テニス部の部室に新年の顔合わせでぞろぞろと部員と、引退したが三年の元レギュラーメンバーも集まりだす。
「越前、眠そうじゃん」
「桃先輩、そうじゃなくて眠いっす」
昨夜は父親のどうでもいい下らない話に延々とつき合わされ、寝不足だ。
「なんか知らねーけど、朝から粥出されて、いまいちテンション上がらねーわ」
ぼやく桃城に
「今日は七草粥だからね。僕も食べて来たよ」
不二がにこやかに応えた。
「七草……うーん、草なんて食ってられねぇ」
もっとガッツリ食いてえ、と更にぼやく。
「ふん、新年早々相変わらずいやしい奴だぜ」
部室の隅でぼそっと呟いた割に、海堂の声は意外に部室に響き全員に聞こえてしまった。
「んだとマムシ!」
「やる気かよ!」
「こらこら、桃に海堂、新学期早々落ち着いてほしいにゃ〜」
止めに入った英二だが、
「俺たちは落ち着いてまっす!」
と、二人に睨み付けられそそくさと不二の後ろに引っ込んだ。
「英二ってば」
「でもでも、七草粥美味しかったけどな〜」
「ふふ、そうだね。越前も食べた?」
ちょっとしょげる英二に、不二はリョーマにも問いかけた。
「食べましたよ。美味かったっす」
おかわりもしたし、と眠い目を窓の外に向け、帰宅する生徒たちをぼんやりと見送った。

fin.
 

2020/01/24(金) 10:14 

◆雪日和 

午後から雪になるかも、という予報が出た当日朝。
「雪かもっつー割に暖かくね?」
「……だな」
「だよね〜期待したのになんか肩透かし喰らった気分だにゃ〜」
降ったら雪合戦するぜ!、とわくわくしていた青学メンバーも、天気の崩れも見られない普通の曇り空にがっかり感を盛大に込めたため息をもらした。
「まあ、いいじゃない。雪が降ったら降ったでコート整備は大変だし、練習出来ないし」
後輩たちが部活に勤しむ姿を見つつ、引退した三年の元レギュラーである不二は少し残念そうに言った。
「それもそうだにゃ」
面倒だったコート整備も今は懐かしい。
早く高校へ進学して、また全国を目指したい。
「ああ、早く部活に参加したいね」
「そうだな。それなら腕が鈍らないようにストテニにでも行くかい?」
「いいね。じゃ、一度帰ってから集合しようか」
「了解」
話はすぐにまとまり、元レギュラーメンバーは急ぎ足で帰路についた。
曇り空は明るく、まだ雨にもならないようだ。

fin.

2020/01/07(火) 11:27 

◆イチョウ 

温暖化のせいなのか、年々紅葉が遅れているように思える。
今年も12月に入っても、イチョウ並木はまだ青々としている。落ち葉も風が強い日に揉まれてはたき落とされたような、色づいていない葉ばかりだ。

そんな中、ようやく寒さも感じるようになり、アスファルトの路面に黄色の絨毯が見られるようになった。
「年末でようやく秋になったか」
部活が休みのよく晴れた日に、柳が青空を見上げハラハラと舞い落ちる葉に更に目を細めた。雲ひとつない空に、見事に染まったイチョウの色がよく映えて、止めた足はしばらく動かなかった。

そして年明けの登校日。イチョウの葉はいつの間にか散り終えて、アスファルトの上で消えることも出来ず、ただ粉々になっていた。
「まだイチョウの葉が残っているんだね」
「そうだな」
「なかなか寒くならないと思っていたけど、今朝はちょっと寒いかな」
柳に追いついた幸村が、冷えた空気に息を吐いたが白くはならなかった。
「クリスマス前に初雪が降ったけど、朝方だけだったし、次はいつ降るんだろうね」
積もったら楽しいのに、と晴れた空を見上げた。
今日の空もどこまでも青く澄んでいた。

Fin.

2020/01/06(月) 17:59 

◆春めく 

「もう2月も終わりか……」
通学中、柔らかい日差しと軽い風が頬に当たりふと呟いた。
気づけば他所の庭先や公園で梅がほころびている。
河津桜だろうか、艶やかな濃い色の桜がすでに満開になっている。
足元の路肩の隙間には小さな瑠璃色の花も顔を覗かせている。
毎年の春先の使者たちだ。
「ホントにいつの間にか、だな」
足を止め、空を見上げ、すっと空気を吸い込んだ。
自然と微笑みがこぼれる。

「部長ー!」
「赤也か、おはよう。珍しく早いね」
幸村の背中から元気のいい声がかかり、朝日を丸ごと背負った切原が隣に駆け寄った。
「おはよーございまっす!」
笑顔満載な切原は嬉しそうだ。
「いやー、今日も朝練あるつもりで焦って起きてろくに朝飯も食わずに来ちまったんスよー! もう目ぇ回りそっス!」
空腹のアピールのためか腹を押さえ身体をへこませた。

(朝食抜き……? その割には妙に嬉しそうだな?)
幸村は首をかしげるが、切原のテンションの高さは変わらない。

「はよー! あれ赤也早いじゃん!」
丸井が柳と共に二人に追いついた。
「ふむ」
柳が腹減りにも関わらず、やけに元気な切原を見下ろし一言言った。
「お前の元気さは今日オープンの回転寿司屋だな?」

「当たりっス! さすがは柳先輩!」
一瞬目を丸くさせるも、登下校中毎日のように道沿いにある工事現場の進行具合を嬉々として報告していた切原の様子は、立海テニス部のメンバーなら誰でも知っている。

「ちょうどよく今日は午前授業で部活もないし、オープンの11時には余裕で行けるじゃないっスか!」
「うお! そーいやそうじゃねーか!」
丸井も切原の波にのり同調する。
「うし! 帰りはオープン記念の回転寿司に行くぜぃ!」
おー! という雄叫びをあげ切原と丸井は転げるように校門へなだれ込んで行った。

「元気だな……」
つい先ほどまで春の余韻に浸っていた幸村は、否応なしに現実へ引き戻された。
「寄るのか?」
「うん? 回転寿司か、どうしようかな……」
柳の問いに、わずかに考えたが
「蓮二も行くよね?」
と、チラリと目線だけ動かし誘いかけた。
「ああ、行こう」
「フフ、そうこなきゃ」
柳生と真田、ジャッカルも誘おう。
ゆるい足取りで切原たちの後から校門をくぐる柳は思った。
もうこのメンバーで下校中の寄り道は数えるほどしか出来ない。

つかの間の春風のようにふっと過ぎてしまう。頼りないおぼろげな記憶のひとコマになるかもしれない日常の思い出だ。

それでも、俺たちはそのわずかな時間を共に過ごそう。

めぐる春に日々は変わる。
そしてまた……。

fin

2019/02/28(木) 09:16 

◆12月 

「あれ、今12月だよな」
休日の朝、柔らかい日差しが差し込む庭先で幸村精市はつぶやいた。
幸村の目に映ったもの、水仙はいいとして、植え込みのツツジ、家の壁寄りの紫陽花、足元の露草。
さすがに紫陽花は色をなくしているが、ツツジと露草は白と藍をそのまま咲かせていた。

「温暖化……?」
今日は12月としては暖かい。
しかし朝晩はそれなりに冷える。
そんなに頑張って咲かなくてもいいのに、と思いはしたが、
「植物だもの、ずっと太陽と一緒にいたいよね」
空を見上げ小さく微笑んだ。

fin.

2013/12/05(木) 23:01 

◆花火大会 


「うん?」
「タカさん、どうした?」
学校の近くにある神社で花火大会があると聞いた青学メンバーは、部活帰りに立ち寄ることにした。
「今顔にポツリって」
「ん? 雨か……い、あ」
空を見上げた大石の頬にも雫が当たる。
いつの間にか風は冷え、雷鳴と共に鈍色の雲が走る。

「雨ッスよ!」
桃城の言葉と引き換えに、遠慮がちに落ちていた雨粒が一気に滝に変わった。


「ひゃー」
雨宿りで駆け込んだスーパーの一角。
聞こえていた盆踊りの曲もパッタリと途絶えた。
「これじゃ中止かにゃ」
店内からも見えるというのに、菊丸が幾度も心配そうに自動ドアを抜け神社の方向に目をこらす。

「でも、涼しくなったね」
「不二」
一気に降った雨はいつの間にかやみ、涼風が吹き抜けた。

「あ!」
越前が指差す先に大輪の花が開いた。
「うお!」
直後、どん、と大きな音が身体を揺さぶる。
「こんな近くで見るなんて久し振りかな。海堂はどうだい?」
「俺もっス」

「綺麗だね、手塚」
「ああ」
それぞれに夜空に咲く一瞬の華に見とれた。

fin.

2013/07/27(土) 20:40 

◆花の名前 

花には元々名前などはない。花という俗称すら、当の花々には預かり知らぬこと。
あるものは野に咲き、あるものは風に、または翼のあるもの達に運ばれ、それぞれの地に根を降ろす。

時を経て手を加えられ、見目を変えられ、愛でられ飾られる。あるいは変わらぬ姿のまま誰の目にも触れず、その生涯を空と大地に捧ぐ。


幸村精市は小さくため息を漏らすと、見舞いで貰った写真集を閉じた。
病室の窓から見える空は、日々蒼さを増す。
雲の白さが際立ってきた。

季節が移る。
しかし、温度調節のされた室内では暑さも寒さもわからなくなる。
外来のロビーを抜け、ゆっくりと外へ出る。

「暑い……」
久し振りの外気が肌を焦がす。
「フフ……」
熱いと感じるチリチリとする痛みが、心地いい。
「もう夏なんだ」
カレンダーの立夏の文字に気持ちが沸き立つ。

「俺は、必ず立ち上がる。負けやしない」
目の端で、名もなき花が日差しを受け、自らの影を鮮やかに地面に映していた。

fin.
 

2013/05/06(月) 12:21 

◆チョコレートデー 

「なんだ、この荷物の山は」
放課後、部室に入った日吉は大きめの段ボールがいくつも部屋の隅に積まれているのを見て眉をひそめた。

「跡部元部長へのプレゼントだよ」
日吉から少し遅れて部室に入った鳳は、事もなげにそう言った。
「跡部さんに?」
「今日はバレンタインデーだからね、全国から曜日指定で届くんだよ。日吉だって去年も見たでしょ?」
鳳はにこやかに言うと、自分のロッカーへと向かう。その手にはリボンの付いた包装紙の固まりがいくつか乗っている。

「鳳は……」
「誕生日も兼ねてるから」
多いんだ、と笑った。
「日吉は全然受け取ってないんだって? 女の子達嘆いてたよ」
着替えながら鳳に言われたが、どこの誰か、学年もクラスも顔も名前も性格も、何もわからない女子から物を貰う気にはなれない。

「日吉って見た目以上に真面目だよね」
「何だよ、見た目って」
楽しそうな鳳に面白くなさそうな日吉。

「しかし邪魔だな」
段ボールの山をひと睨みすると、日吉は携帯を取り出した。
「はい、そうです。出来れば早めに引き揚げてください。はい、お願いします」

「跡部元部長?」
「ああ。今日中に片付けるそうだ。しかし……なぜ全国から跡部さん宛てに届くんだ?」
日吉は納得出来ないような顔で手近な箱を覗くと、たくさん詰まった包みのひとつの住所を見てまた眉をひそめた。

「あれ、日吉は見てないの? 去年も一昨年もテニス雑誌に全国大会の特集記事が出て、その中でも部を率いる部長って感じの個別インタビューと写真が関東七校の部長は全員出たからそのせいだよ」
その記事は知らないわけじゃない。自分も目を通した。
だが、それが翌年のバレンタインデーまで持ち続けられるほどの感情なのが正直驚く。

「関東七校か……」
シールやマーカーで縁取られたり、手描きのイラストの添えられた封筒を眺め日吉は頭の隅で思った。
青学の手塚や立海の幸村も今頃チョコレートに埋もれているのだろうと。

「……」
そこでふと嫌な予感が頭をかすめる。
「まさかと思うが鳳」
「うん、来年は日吉の番だね」
なお一層破顔した鳳に、日吉はさらに眉を寄せた。

fin.
 

2013/02/28(木) 18:54 

◆雪合戦 

首都圏にも珍しく大雪が降った翌日。

「行くぜー侑士!」
「なっぶほっ!」
朝練なんてあるはずもないのに、いつもの時間に真っ白なテニスコートに集った面々は、雪遊びに夢中である。
「不意打ちは卑怯やで。覚悟しや、岳人!」
「ほうっとおー! うひゃっ!」
すんでのところで忍足の速球をアクロバティックでかわした向日だが、着地で滑って転んだ。
「あはは、向日ってばスライディングしてるC、面白E〜」
芥川の豪快な笑いに
「ちげーって、凍ってんだよ! バリバリに!」
と、凍結した雪の上で靴を滑らせくるくる回ってみせる。
「すげー! 面白ー! 俺もやるCー!」
すかさず芥川が参入し、激ダサとつぶやきかけた宍戸が巻き込まれ、止めに入った鳳はすっころばされ、呆れる眼鏡も一蓮托生。

そして俺様に怒鳴られて、始業開始のチャイムが鳴る。
そんな冬の朝。

2013/01/18(金) 09:05 

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