短編T

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【真夜中:岳羽ゆかりの家】





「は、ぁ...」


風呂上がり
外向けの服も靴も化粧も笑顔も全部取っ払い、寝巻き一つでベッドに倒れ込む

お仕事終了 仕上がり上々 土日は休養 月曜早出

可も無く不可も無く、平凡ではあるが大変な、しかし平和な一日だった


10年前のあの頃には、思い浮かべる余裕すらなかった日常だ

多分に、いろんな意味で


(歯、磨かないと...)


仰向けに寝そべり、ちらりと顔を横に向けるだけで窓から空を見上げられる
いい部屋に住めたものだ

今夜は曇り空なのだろうか 月も星も見あたらない

壁掛け時計の秒針だけが規則正しく息をついている


「...、」


車の鍵 リップクリーム カフェの割引券 スマートフォン
全部剥ぎ取る様にポケットから引っ張り出した日常の残骸達が椅子の上で雑魚寝している
皆も一日御苦労様


うつ伏せに寝転がり、視界に入れるはベッドの頭上にある棚

木製のベッドの枕元を祭壇めいた物に見せる原因は、やはり中央に骨壷の様に置かれたノート大の大きさの缶ケースのせいだろうか


「ふ...っ」


手に取り、息を詰め、蓋を開ける

納められていたのは、プラスチック製の拳銃のレプリカと...時代遅れの携帯電話が一つ こちらは本物だ

両方を手に取り、改めて仰向けに
先程の疲れと怠惰に任せた姿勢と違う、意志の籠もった仰向け

左手はレプリカの引き金に指を掛け、胸の上に乗せる

右手は眼前に持ち上げ、しばし携帯電話...ガラケーの背を眺め


手首の軽い勢いだけで、開く

かつては皆がやった、しかし今では絶えて久しい動作だろう


「...ただいま」



棺が開かれる





折り畳み式携帯墓標
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