短編T

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【8:00】





鳴りやまないベルの音が部屋の中に響き続けている


まどろみから覚めてうっすらと目を開けて、音の発信源――枕元の時計を見た



午前八時


今日の曜日を考える

一社員としては影響なし

一市民としては寝坊


本当なら、決めた時間に起きて決められた時間に寝られる

今では互いの話が通じる位に和解した母との仲違いが生じた小学生の頃からだろう


が、同僚にして同棲相手のあいつはそれを許してくれない



……はいはい、そうですよ、私もその方がいいですよ



世界を救い、高校生活を終え(彼との同棲はそれから)、キャンパスライフを謳歌し、私と彼が桐条先輩、もとい、桐条『会長』の会社に就職してから約二年

さすがに大卒一年目の若造を重役には置きはしなかったが、それを差し引いても世界の桐条に就職しただけでも偉業である(by鳥海先生)

もちろん就活もしたし、彼に至っては一年目後半で既に小さな企画を任される程だ


重い体をベッドから持ち上げて
一つ伸びをして、デスクの上に目をやった



ポットの中には一時間位前に淹れられたコーヒー

そして今日のスケジュールと寝坊を軽く注意する言葉、それと“今日も寝顔が可愛かった"だの何だのと書かれている小さなメモ用紙


彼らしいぶっきらぼうな筆跡に一瞬頬が緩むけれど、慌ててしかめ面を繕う


「…誰のせいだっつの…」


………高校二年生の時が最初で、大体六年、か


それだけの間、さすがに年中無休ではないが、“それ"が仕事だとしたらば労働基準法をぶち破るには充分な位、彼には酷使されている


男女別の寮に引っ越した後は一緒にいる時間すら減ったが、大学に行くにあたり同棲する事になるともう大変だった

つか何同じ大学受けてんのよ
嬉かったけどさ


お陰でダイエット等にはこの十数年気を遣わないで済みそうだ

代わりに体力配分に気を使う事になるだろうが…


「……」



もし、もしもだ


あの卒業式の日、彼が目を覚まさなかったらどんな二十代の私がいただろう


彼の死を乗り切り、かつて望んだそれとは違う意味で自立したのだろうか


まさに母の様に他の男に逃げただろうか





そもそも、私は二十代を迎えただろうか



「……」


毎朝思う事だ


彼の寝顔

彼がベッドに残した体温

彼の作った朝食の匂い

彼の口付け

今日で言えばこの書き置き


半覚醒状態の頭がそれらを見て、感じ、思考する


この絵に描いた様な出来過ぎた人生が、現実なのか夢であるかを


「……起きよ……」


今日の仕事は昼過ぎからだが流石にそれまで寝ていては頭も働かない

とりあえず顔洗って着替えて…

朝食は彼が軽く作ってくれたしパンでも焼いて……

あれ?冷蔵庫、あんまり入ってない…

じゃあ買い物行って…

あ、お茶葉も切れてたっけ

じゃあそれも買って……













寝呆け混じりに浮かんだ疑問はすっかり消えていた
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