天裂き

□短編・狩張乃滴
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それは、「猟奇少年と純愛少女」から二百年、三百年も昔の話・・・。



誰もいない、田舎道。
淡夢と八千夜はそこを歩いていた。
淡夢は目を凝らす。
八千夜も口を開いた。
「お兄ちゃん・・・死臭がする・・・」
「切り傷が凄い・・・」
一里塚の真中に、傘を被ってうずくまっている男がいる。異様なのは、腕だ。錆びた銅のような傷が、百も二百も覆う。包帯も何も巻いていないので、目に痛々しく突き刺さる。
「もし・・・」
「猫にやられた」
男は、矢の如くの速さで答える。
「猫?」
「あぁ。殺したからな。」
八千夜が淡夢の服を軽く握る。
死臭も、それで説明がつく。しかし、まだ新しい傷もある。しかし、周りには猫はいない。
淡夢は思う。おかしい。
八千夜も、それに気付いている。
「・・・だけか?」
「は?」
淡夢は口を開いた。
「周りに猫がいない。の割には、肘あたりの傷は随分新しい。この近くに猫はいなかったし、集落も無いので野良猫はいないだろうな。」
「・・・あぁ、殺したのは人間だ。」
「集落は無いと言ったろう。ついでを言えば、このあたりは極端に通る人は少ない。」
男は舌打ちをし、傘を取って立ち上がる。
「だからなんだ。どうでも良いだろう。」
男は背が高く、整った顔立ちをしていた。
だが目は余りに冷たく、石のようだ。
「去れ」
「・・・何故だ」
「いいから去れ」
「・・・お」
去れ!
鬼のような形相で、男が怒鳴る。
異様なのは、目だ。先程のような石の目ではなく、かといって怒りを含んだ目でもない。
悲しみ。深い、悲しみ。
「何が悲しいのですか?」
八千夜が口を開く。余り喋らない八千夜には、珍しい。
「何がそんなに悲しいのですか?声が、震えていますよ。」
男は、無言で背中を向けた。
「なあ・・・」


俺がこの世に生を受けたのは、何かの間違いだろうか。産まれてはいけない人間だったのだろうか。
俺は、人を愛せなかった。今いる妻も、愛していない。子供がいるのも、体制の上に契りを結んだからだ。
俺は、屍が好きだ。
見るだけで心が疼き、それを弄ってみたい。
幼少の頃は、虫を殺した。蝉を炙った。蝗を切った。
見える虫は手当たり次第に、殺していった。
十になると、鳥に狙いを澄まして石を投げた。投げた。ひたすら投げ続けた。
あの鳥を弄りたかったからだ。鳥を撃ち落とすのは容易では無かった。が、死に物狂いで投げ、ある師走の暮れに一匹を撃ち落とした。羽を毟り、嘴を切り、足を折る。このときからすでに、普通じゃなかった。
人をやったのは、十九のときだ。猫だけでは満足が出来ず、お侍様の刀を拝借し、そのままお侍様を斬った。返り血がつき、何故か上からも血が降ってきた。
空を仰いでも木が邪魔して、何も見えなかった。



「それからだ、腕中に傷が出来始めたのは。
皮がぴしぴしと裂け始め、今の有り様だ。
さ、帰れ。もう満足だろう。」
男は涙を浮かべていた。
男は自分で、分かるのだろう。自分が、普通で無いと、痛い程。
「それの原因を知りたくないか?」
「もう知ってる。全ては、罰だ。今まで殺してきた命が、全てこの傷になったのだ。」
「違う。全ては」
「違わない。・・・違わない!」
男は自分の腕を見る。
「今まで血を見てどこまでも興奮した。それが自分の血となると、不快しか残らない。所詮俺はそんな人間さ。自分が良ければそれでいい。傷つきたくない。」
男は、大粒の涙を流した。

もう良いだろう?

男は呟く。

もう、俺は疲れた。この先も、同じことを繰り返す。きっと。子供も、孫も、曾孫も。

「それは憑かれだ。血が空から降ってきた、と言ったな。それは血ではない。天裂きと呼ばれるものだ。天裂きに触れると、皆何かしらの不治の病に侵される。その病を憑かれと呼ぶ。」
「ならそいつにやられた理由はなんだ?」
「無い。偶然だ。」
「偶然?」
ハン、と男は鼻で笑った。
「偶然か必然か、それがなぜお前に分かる?いくらお前は偶然と思おうが、それは必然だ。罰だ。」
「だから違う。」
「もういい。お前には何を言っても無駄だ。」
淡夢は、鼻筋に鈍い痛みを感じた。
「二度と俺の前に顔を見せるな。」
男は歩き出した。

その後、男の姿を見た者はいないという。

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