天裂き

□壱・測乃腕〈ハカリノウデ〉
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越後の村に、不思議な男がいるという。
八千夜はそんな噂を聴き、兄に伝えた。

「手が伸び続ける男、なあ。確かに憑かれの匂いがする。」
淡夢は考えた。八千夜の耳の良さは折り紙付き、聞き間違いでは無いだろう。
越後と言えば、まるまる一つ藩を越さなければならない。時間こそ有り余っているものの、妹の体力、そして歩きなれない道を妹が目の見えないまま歩ききれるかがが心配だった。山道も歩くだろうし、死なないとはいえ八千夜にはあまり良い話では無い。
しかし、二人は契りを結んでいる。全ての憑かれに会い、知り、研究し、名前をつける。
もう五十年近くそれをやってきた今、それを止めるのは無限の時間を生きるための暇つぶしだったが、今では使命だと感じている。
「よし、とりあえず準備しとけ。出来たら挨拶して早々に立ち去る。」

彼は身の丈以上に伸びた自分の手をみて、思った。
気味の悪いこの俺に、何故村人は優しくしてくれるのだろうか。
答えはいくら考えても、出ずに終わった。

淡夢と八千夜、二人がついた越後は、江戸同様荒れ果てていた。
越後と一口に言っても広いと、二人は百も承知だ。
虱潰しに歩いて見つけるより、人に直接訊いて回った方が早い。

「あん?確か字吉のいる村は、この道をまーっすぐ行って、向こうの質屋の角を曲ってまたまーっすぐ行けばあるが、八十里はあるんだ。大丈夫か?」
「お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ。」そう行って二人は立ち去った。
「にしても変な二人だ。あんな気持ち悪い嫌われ者に会いに江戸から来るとは・・・」
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