天裂き

□零・天裂き〈アマサキ〉
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彼らが憑かれて、もう80年は経つ。その間に江戸は荒れ果て、天裂きを浴びていない者が僅かな憑かれを罵る。
淡夢は、思う。
いつの時代も、人は異物を忌み嫌い、嘲笑い、罵る。これはこれからも、これまでも、同じだろう。

──ある日、空がぱっくりと裂けた。裂け目から降る赤い雫は血を連想させる。鼠色の裂け目の中、雲など見あたらなかった。
ある者が、雫を飲んだ。
甘くて美味いと叫び、そこにいる人々はそれを飲んだ。始めは何もなかったのが、まず最初の悲劇だ。程なくして、村の全ての人間が飲んだ。
数分程して、ある者に変化が起きた。
醜く関節が腫れて膨らむ。それは数秒して他の者にも起きた。
気がつけば、村にいる人間でそれが起きてない者などいず、赤い雫が地を打つ音と叫びが響いていた。
これが始めの天裂きと憑かれだ。
腫れた肘や膝を触ると、たぷんたぷんと音がする。
皮を割けば油のような液が飛び散り、それに血が混じっていたのだ。

三週間ほどしただろうか。ある子供が、死んだ。
そのときは既に江戸中の医者が駆けつけていたが、誰も彼等を治すことなど出来なかった。
子供の名は謙吉と良い、たいそう優しくに育っていたが、苦しむ姿は何かの罰を連想させて、見るものに恐怖の念を沸き立たせた。
謙吉は死ぬ間際に油を吐き続け、最後に関節の皮が千切れて死んだ。
その最期は、誰が見ても最も壮絶で、恐ろしかった。
それからすぐ同じ事が起き、一年で村に生き残りは消えた。
その間に、様々なところで同じ様なことが起きていった。
ある村では雫に触れた人間に鱗が生え始め、死んだ。腑分け〔今で言う解剖〕をしてみると、五臓六腑の中にびっしりと鱗が生え、内臓を切り裂いていた。

民衆はこの雨を天を裂いてやってきた妖と思い、それを「天裂き」と呼び、それに触れた人間を天裂きに憑依された人間──「憑かれ」と呼ばれた。

淡夢とその妹八千夜は、最初の天裂きの起きた年に生まれた。二人は孤児で、親は憑かれで死んだ。
八千夜は盲目であり、それゆえに耳が良い。それは彼女への盲目という僅かに特異な点を陰で笑う声が聞こえる。
心も体も、八千の夜を超えなければならない──故に八千夜と名付けられた。
八千夜の開眼を望む淡夢。それは兄としては当然であり、妹がそれで愚弄されてるなら尚更だ。しかし目が開くなどそんな確率は無に等しく、淡い夢──淡夢と名付けられた。

二人はある時点以降の記憶が無い。しかしそれに今更過去を探し求めることはしていない。何故なら、それ以上に無限の未来が待ち受けている。
彼らも憑かれだ。憑かれには名前があって、彼らは「寿」と呼ばれる憑かれだ。寿は、憑いた者を不老不死にする。淡夢は現在105歳、八千夜は99歳だ。
二人は己の道を決めた。日本中を歩き、様々な憑かれに触れていく。
それが二人の道だ。

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