さっきからうーだとかあーだとか唸りながら、俺の目の前にいる緑川は、頭を抱えていた。何でも今やっている数学の課題が全くわからないんだそうだ。諺ならたくさん覚えてるのにねってからかうように言えば、五月蝿いって諺辞典で小突かれた。結構痛いよそれ。

ちなみにこの諺辞典は父さんが緑川に買ってあげたもので、今でも大切にしているようだ。エイリア時代はこの辞典を何回も繰り返し読んでいたなぁ。

消されてからは俺が保管しておいたわけだけど、返してあげた時の緑川の顔ったらない。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら「あ゙り゙がどゔ」って何度も御礼を言われたことは覚えている。懐かしむかのようにこうやって当時を思い返すことができるだなんて思わなかった、とふと考えた。


「……ロト………おい、ヒロト!」

「何?緑川」

「何じゃないよ。何のためにヒロトに頼んだと思ってるんだ?」

「ああ、ごめんごめん」

「悪いって思ってないだろその顔」


睨まれてしまった。あんまり恐くないけどね。むしろ………いや、やめておこう。余計に怒るから。代わりに頭に手を置いてやれば、むすっとしながらも課題に目を向けた。案外、緑川って単純なのかな、と今更に思う。


「あ、そこの式、間違えてる」

「え、嘘!」

「だからこの先に繋がらなかったんだね………ここはこっちにこうだよ」

「………ほんとだ。完全に間違えてた。おかしいと思ったんだよ!全っ然気付かなかった」

「変に間違えて、見直しをしてもわからなくなったんだね」

「うわぁ………ヒロトが居てくれなかったら大変なことになってた。ほんっとありがとう!」

「じゃあ御礼にキスしてくれる?」

「調子に乗るな」


また辞典で小突かれた。いや、むしろ叩かれた。だからそれ、結構痛いって。


「酷いな、仇で返すなんて」

「見返りなんて求めるからだろ!何だよ、折角その眼鏡似合っててカッコイイって思ってたのに」

「え、それ、ほんと?」

「今のヒロトはカッコ悪い」

「緑川が叩いたからじゃないか」

「調子に乗るほうが悪い」

「………今度緑川が困ってても助けてあげないよ?」

「うっ………それは、困る」

「………あはは。冗談だよ、ごめん」

「!ヒロトッ!」

「そうやって諺辞典で人を叩くのはやめろよ。大切なものじゃないか」

「っ………ちぇ」

「………しょうがないな。何か持って来るよ」


もちろん何か、とは間食や飲み物のこと。緑川はそれを聞いた途端に、その目を輝かせた。


「だからちゃんとさっきのところ修正しておけよ」

「うん!」


現金な、とちょっとだけ笑った。俺が戻った頃には居眠りをしていて、一瞬お返しに辞典で小突いてやろうかと思ったけど………自分なりに頑張ってたみたいだから、隣で俺も一眠りすることにした。ああ、でも起きたらまた、小突かれちゃうかな?その時はいっそ、抱きしめて黙らせてしまおうか。




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