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□移りにけりな
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そう言って、目を細める。
相変わらず、我が道を行く奴だ。
確かに綺麗だが、雨に降られては目に留める者も多くあるまい。
シトシトと細い雨に打たれ、少し色を濃くしたように見えるサクラ。薄暗い空と相俟ってその樹が現実から切り離されたよう、浮き出て見えた。
幻想的、というには陰が付き纏う。
魅惑的、というには手を出すのが躊躇われる。
神秘的、というには色がなさすぎる。
……国語力がない俺には、形容し難い。
ただ、思ったのは、
ーお前の、ようだ。
隣のクルルはもうサクラなど見ていなかった。
これまた珍しいことに、ヘッドフォンを外し目を閉じて、雨音しか聞こえない筈の静寂に耳を傾けていた。
地球人化した姿のクルルは、美醜に疎い俺でもはっきり分かる程、綺麗で。
いつも笑みに歪んだ朱い眼は、今は長い睫毛に縁取られた瞼に覆い隠されている。
いつも嫌味しか零さない薄い唇は、静かな呼吸を繰り返すだけ。
思わず、まじまじと観察してしまった。
すると、不意に、目が開かれ、バッチリ視線が合ってしまった。
いつもの嫌味に身構える俺が聞いたのは
「眠ぃ…」
クルルはそのまま、俺とは逆側にぱたりと上半身を倒した。