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□移りにけりな
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重々しい、濃い灰色の雲に覆われた空。
一雨、来る気配。


移りにけりな


珍しいこともあるものだ、クルルが日向家の縁側に腰を下ろすのを見て、そう思った。
俺はいつも通り銃器の手入れをしながら
「…どうかしたのか?」
思わず声を掛けると、
「アレ、見に来ただけだぜぇ」
ゆるりと奥の樹を示した。確か、サクラ、と言う名前。多少盛りは過ぎたが花弁が柔らかく舞い落ちる様は、何処か心惹かれるものがある。
クルルに花を愛でる趣味があるとは、意外だ。コイツは自然物がどうも似合わない印象で。
「雨、」
ぽつりと呟かれた言葉に上を見上げると、額に雫が当たった。とうとう降り始めたらしい。
俺は手入れを終えた銃をテントにしまい、クルルの隣にすわった。
隣のクルルが少し遠ざかる。……いちいち可愛いげのない……いや、あっても嫌だが。
気を取り直し、声を掛ける。
「時機が悪かったな…雨に降られるとは」
「………」
何も言わず、じっとサクラを睨むように見詰めるクルル。
「満開の見頃も過ぎてしまった。お前にしては迂闊な…」
「この。」
サクラを、見詰めたまま。
「この俺が、そんな筈ねぇだろ?
コイツは今日が一番、見頃なんだぜぇ〜」
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