03/12の日記

21:14
さて、今日も世界を創造するとしよう。
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「流石ね、シューリッヒ。
本当に放課後までに作っちゃうなんて、予想外だったわ。」
俺は覇弥が予想外のことをやってのけた。
彼女の注文は、彼…ホムンクルス第一号の《部屋》を造ることだった。
しかも、世界中のありとあらゆる知識を詰め込んだ。図書館《ライブラリー》を造れと。
お陰で、俺は知恵熱でぶっ倒れそうだ。
『で、結局なんだ。』
「んー?」
彼女は気楽そうに笑う。
ホムンクルスの外見を整えながら、彼女お気に入りの長い髪を撫でている。
『ホムンクルスに、なにをするつもりだ。』
「んー…試練?」
笑顔
「人間的…いえ、ホムンクルス的に成長してもらうための、試練よ。」
わざと人間と置き換えて、彼女は笑う。
「試練」
言い聞かせるように、繰り返す。

「子供の教育方針に妥協はしないわ。」
と、彼女は言った。
俺は心がむず痒くなった。
空っぽの心の外側を触られているような。
心地好い具合に、擽られているような。
子供
「獅子は我が子を、千尋の谷へ突き落とすって言うじゃない。
それよ、それ。」
我が子。
ドキドキとしていた。
悪魔は実質的な子供を作るのが難しい。
本当に子供を作るとなると、一羽の飼い烏の羽をもぎ、それにお互いの血を注ぎ、先祖から伝わるナイフと布にくるむ。
またそれを、兎とともに黒い桜の咲く木に吊るす。
長い手順を、一週間かけて行わなければならない。
さらにまた十年、子供が産まれるまでかかる。
十年、悪魔にすれば短い期間だろうが、黒い桜はこの世界に無い。俺に飼い烏は居ない。
そんな世界で子供を作るには、ホムンクルスぐらい簡単な仕組みでならないといけなかった。
「シューリッヒ、始めましょうか。」
覇弥はナイフを持っていた。
指を切り、血が溜まっていた。
『あぁ』
俺も切る。
血が滴る、切り開かれたホムンクルスの胸に数滴。
「綺麗ね」
胸の傷が閉じていく、顔色が良くなり、唇の色も赤くなる。
彼女はその様子を綺麗だと言ったのか、それとも、互いの指から流れるこの血液のことを言ったのだろうか。
閉じきった胸に二滴余った血が残る。
そして、覇弥は笑いながら、ホムンクルスに口付けをした。
『…覇弥…』
イライラした。
「うふ、ごめん」と、覇弥は笑った。悪戯が過ぎる。
「悪魔の嫉妬を見てみたかったのよ。」
果たしてどちらが悪魔だろうか。
呼吸を開始したホムンクルスに、彼女は語りかける。
「名前…あなたの名前はね。奈落上火よ。」
まだ意識の無いホムンクルスに、彼女は名前を与える。
奈落、地獄と例えられる、無限の闇。
無限の闇を青色にした、彼女。
「名前には一つ一つ意味がある。だから奈落上火には、地獄を、蒼い炎を。
目には目を、地獄には地獄を。」
ホムンクルスが目覚めるのを待ちながら、俺達は退室した。

「あと五人」
『はぁ!?』
もう寝る時間だ。俺は覇弥と一緒に布団に入っていた。
「五人。」
『殺す気?』
「生かさず。」
『ひでぇ』
そして、五人分の人形を作るはめになる。
『六人の、人形ねぇ』
彼女は本当に世界制服するつもりなのか。
六人で何をするつもりなのか。
「シュリ、世界なんてね、すぐに変わってしまうのよ。」
それでは本末転倒だ。
「簡単に消えてしまうのよ。
誰かが消える、意識がなくなる。世界を意識しなくなる。
そうすれば、世界が一つ、消える。」
消えろ。と続けた。
消える。と笑った。
覇弥は笑った、圧し殺すように。
胸の中で、震えるように。
笑う、笑う、笑う。
「だから、一人づつ殺せばいいわ。
でも地味じゃない。もっと、派手に。
大量虐殺とか、やってみたいのよ。」
人として最低だな。と笑ったら。でしょ、と続けた。
「最低なのよ。
…本当、最低。
最低、最悪、最強。
最も低く、最も悪く、最も強く。
最も終わってる。」
お仕舞いね。
なんて。
『さあ、寝よう。
眠ってしまえば、忘れてしまえば、それでいいのさ。』
覇弥を引き寄せた。
おかしな感じだ。
朝、俺はこの女に殺された。
夜、俺はこの女を慰め、慈しみ、そして、抱き締めている。
俺は、それが愛だと信じていた。
これ以上の愛が、俺と彼女…覇弥に出来るわけがない。
何故なら、無い心で他人を温める事は出来ないからだ。
だから…悪魔は泣かない。
無い心に、涙などがあるはずが無いからだ。

彼女が眠っている、黒髪が乱れて、ベットの上で無造作に散る。
俺はそっとベットから起き上がる。
ちょっと意地悪をしてみよう。そう思っていたのと、五人の土台を早々に作り上げるためだ。
だって、そうじゃないと昼間の覇弥を見られないじゃないか。
キスをしようかと思って止めた、髪を撫でようかと思って止めた。
きっと覇弥が起きてしまう。
声も発てずに、足音もさせずに。
俺は覇弥から遠ざかる。
なんだかんだ言って、やはり力が足りない。
いっそ向こうから、何人か人を雇おうか。
一様心当たりはあるが、俺が人間と契約したなんて知ったら驚くだろうな。
それよりも、あいつらに覇弥を見せたくないな。
だからと言ってこのまま働き続けたら、マジで俺死ぬかも。
死ななくても干物になるかも。
『ふぅ…』
俺は一様、一体人形を作り終えた。
先程から体に力が入らない、頭は回転するが、体の芯が熱せられているような。
冷えた鉄が、焼け焦げているような。
『熱い…』
腕を動かしても、せいぜい手を伸ばすぐらいしかできない。
足には完全に力が入らない。
覇弥が助けに来てくれないだろうか。
「よ」
聞き覚えのある、彼女の声。
彼女が助けに来てくれたのであろうか?あるいは、幻聴まで聞こえてきたのだろうか?
「なにへばってるの?相棒。」
『覇弥…』
紛れもない、彼女だった。
彼女は俺の頭を膝に乗せてくれた。
まるで、あの日の俺達のようだ。
「私に黙って部屋を抜け出すなんて…
出来るわけないでしょう?」
覇弥は笑って俺の額に冷たい手を乗せた。
冷たくて、冷たくて。
凍え死にそうだ、また殺されるのだろうか。
「……………」
彼女は、黙ったままだった。
沈黙が透き通っていた。
『覇弥…好き、なんだけど…』
だから?と、彼女は濁りを飲み干した。
『お前は?』
「同じことを、何度も言わせないで。」
愛してる。と言った。
なんて茶番だ。
なんて、底の浅い茶番劇だ。
知ってることを何度も、何度も。
語り合う、の内には入らない。
会話にもならない、下らない、ただの言霊。
確かめ合うだけ、逢うだけ、遇うだけ。
彼女に通じるだろうか。
愛が、通じるだろうか。
例え伝えても、蹴散らされるだけであろうか。
愛、してる。恋、してる。
違うな。
愛でも、恋でも、ましてや恋愛になんて、ならない。
傷だらけだ。
こんな宝石を、誰が望んだだろう。
誰が、伝わらない感情をこの世に作ったのだ。
「シュリ、泣いてるの?」
『わからない。』
「そんなに人形作り大変?」
『お前ってムカつくなぁ…』
濁りは沈んだ。
二人の笑いと共に。

『お願いします。』
「いやよ」
シュリは一生のお願いをしてきた。
人形作りは辛いらしい。
せめて向こうから友達を連れてきたいそうだ。
「そもそも、あなた友達居たのね。」
『居るよそりゃあっ!!これでも七代名家なんだよ!!』
必死で頼み込む姿が愛らしい。
殺したいわ。
それにしても、何で日本の伝統的な謝罪の形を知っているのかしら?
『なぁ覇弥、頼むよー』
猫みたいに体をしならせて、頼み込む。
「…仕方無いわねぇ…連れてくるまでにどれくらい時間かかるの…?」
なんで行かせたくないかって、私がシュリと離れるのが嫌だから。
『5日…いや、3日で帰ってくる。』
「オーケー、それ以内に帰ってこないと八つ当たりで世界壊すから。」
意味の分からない交換条件。
こっちはちょっと本気。
「分かったら行きなさい。」
そう言ったら、シュリの顔がぱあっと明るくなって、琥珀の眼がキラキラなった。
『サンキュー!覇弥!愛してる!!』
おでこにチューをしてくれて、窓へ飛ぶようにかける。
黒いビロードを着込み、シュリの正装らしい羽がふさふさついた帽子を被る。
『行ってくる!あ、そうそう。』
シューリッヒは、飛び出しかけた体をもう一度室内に戻して問いかけた。
『お土産物、なにがいい?』
「……なんでも、土産話を聞かせて頂戴。」
オーケー、行ってきます。などと、手をひらひら振って、彼は退室した。
「なんてかわいい生物…」
あのはしゃぎように、目的を忘れているのではないかという疑いも生まれそうだ。
大体、3日の里帰りで土産って…
向こうには特産物でもあるのかしら?
「3日…永いわね…」
たった72時間、たった4320分、たった259200秒。
永い、途方もない。
考えると欠伸がでる。
しかし、時間になんの意味があるのか。
私たちにそんなものが果たして必要なのか。
それは体感者の都合であって、割りきれる整数であって、出た余りは計算し直せばよい。
そう考える自分と。
ただ純粋に、シュリの帰りを指より数える自分が、肩を並べた。
二人は、同様に私の一部。
ならばそれは、どちらでも同じことだ。
「ふん、下らない。」
私は、鼻を鳴らしてそう吐き捨てた。「何にしろ、シュリと遊ぶためなら仕方無いわ。」と。

ジッパーを開けるように、空間に切れ目を入れると、そこから奥はシューリッヒが造ってくれた二体目の人形がある。
世界は暗く閉ざされていたが、私は横たわった人形の傍らに座り、真っ暗な世界に白い光を置く。
「ちょっとクオリティは低くなるけど、この子の部屋は私が造ってあげましょう。」
無意識に口角が上がり、体制を胡座に替える。
頭の中で創造する。
それは大きなドーム、彼には大きなパワーを与えるのだから、力を制御させる修行の間が必要だ。
鎖を編み込むようなドーム
他には何もなくて、意識しなければ重力さえ無くなってしまうような、そんな空間。

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