Lovers Kingdom

□Night and
7ページ/15ページ


『なぁ、いま何を考えている?』

彼は宙をくるくる回り、逆さのままで私に聞いた。

「私?」『お前以外に誰がいるんだよ。』シューリッヒはため息を吐く。
「うーん、シューリッヒのこと考えてる。」

あほか、なんて軽口を叩くシューリッヒをみて、私は笑った。
シューリッヒはいまだに、私の名前を考えている。
というか、今朝学校に来ているのだから、私の名前くらいすぐ分かったはずだ。
それだけシューリッヒが、私のことを真剣に考え始めているということか。

「シューリッヒだって、私のこと考えてたんじゃない?」『…』「ほーら」

シューリッヒは眉をひそめる。

『名前、考えた。』
「ほんとうっ?」

意味も無く嬉しくなって、私はシューリッヒに詰め寄る。
シューリッヒは苦々しい顔で、黒いメモ帳を見た。

『…初めて子供ができた気分だ…。しかも、完全に人格の成り立った人間に名前をつけるのは、なかなか難しい。』
「もう、勿体ぶらないで!」

シューリッヒに抱きつき、彼は少しよろけた。
メモ帳を覗くと、たくさんの文字が書き足され、書き消された跡がある。
全くもって、どれがどれだか分からないが、真面目さが可愛らしく、彼の肩に顔を埋めた。
私もまるで、私の中に生まれる新しい人生に対面するかのような、暖かい気持ちになった。

『覇弥』

意を決して、彼は私に伝えてくれた。
大喜びというより、安堵だ。
私の中に新しい私ができた、人ではない、悪魔の子だ。

「はや…いい響きね、意味はある?」
『覇王の[覇]に、いよいよ、ますますと言う意味の[弥]だ。つまりはそういうことだ。』

「覇弥」私は繰り返す。覇弥、覇弥、覇弥…

「王ね、もっと詳しくいうなら王女だけど。素敵だわ、シューリッヒ。やっぱり愛してる。」

私はシューリッヒの頬に軽くキスをした。

『…恥ずかしいことを平気でするな』

シューリッヒは顔を真っ赤にしながら、抱きかかえた私から目線を外す。

「うふ、ごめんね、私ったら、どうしたのかしら?なんだかあなたを他人だと思えないの。家族…いえ自分自身と向き合ってるみたいだわ。」

なんでかしらね?と、首を傾げてみせた。
シューリッヒはちらっとこちらを見ると、ちょっと溜め息をつてこう言った。

『俺は人間の七つの大罪、怠惰の申し子。人間の中に必ずと言っていいほど存在する感情だ。どんな人間でも俺に共感するし、共鳴する、お前がそう思ってしまうのも不思議じゃない。むしろ不思議なのは…。』

続きを言わずして、シューリッヒは言葉を詰まらせた。

「不思議なのは何?」

ハニーゴールド、その人間離れした美しい瞳が何か言いたげにぱちぱちと開閉した。

『………』
「いいなさいよ」

言いごねるシューリッヒに私が脅かすように言うと、シューリッヒは理屈っぽい前置きを綴る。

『その…な、悪魔だから、なんか…変な意味で言うとか、本当にそういう意味じゃなく、純粋に、お前に思ってる事なんだ。だから、笑わないでくれよ?』

うんうんと、首を振る。シューリッヒは耳まで真っ赤にしてこれ以上の羞恥はないと云うように、喉を震わした。

『不思議、なのは…俺が、お前に、共感して…共鳴してる…こと。』

ぼっと、音がしそうなくらいシューリッヒは赤くなって、目をきょろきょろとさせる。すると、急に彼は透過して、私の体は重力のもと床に落とされた。
見えなくなった彼は、自分の痴態に暴れ回っているようだった。

『何言ってんだ俺…』

見えていないのに声が聞こえる。物は倒れないのに暴れ回っている。異様な光景ではあったが、人間らしい彼が、どうしようもなく可愛らしかった。

「シューリッヒったら可愛い。私、あなたと共存できてよかったわ。」

ううう、と呻いて『外に出て頭冷やして来る』と、彼はいなくなってしまった。
本当に可愛らしい悪魔の反応に、私の加虐心が疼く。
あの子の指に緊張で力が入ってくるのを感じたとき、どうしようもなく虐めてしまいたくなった。
そんな風に私の思考が、いずれ彼だけで埋まるのかと思うと、恐ろしくて、楽しくて、哀しい気分になった。私はいずれ彼を傷つけるだろう。

「もしかしたら、殺すかもしれない。」

ぞくぞくする。
人を殺すなんて考えないようにしていた。考えてしまっては、私は本当に人を殺してしまうかもしれないから。
でも彼は、死という概念がない。ならば殺すと言う心配も無い。

「これから、楽しくなりそうね。」

私は、整理できない気持ちに終止符を打つように、思考を昼寝へ移行した。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ