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□噂
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肌を撫でる夏の空気は、心地が良いとお世辞でも言えない暑さである。額に浮かぶ汗粒を手の甲で抑え、巡察に同行する千鶴は目の前をあるく沖田の背を見上げた。
「京の夏はいつになっても慣れませんね…。沖田さん、具合を悪くされたりしていませんか?」
病み上がりの沖田を気遣う千鶴の言葉であったが、沖田はその優しさを鼻で笑ってみせる。
「心頭滅却すれば、火もまた涼し。って言うでしょ?人がせっかく君の父親探しに付き合ってあげてるのに…集中、してないのかな?」
「そんな…!私はちゃんと探しています!暑さに負けて時も…ありましたが……」
「最後の言葉が小さくて聞こえないなぁ。」
「すみません…」
珍しく反発したかと思えば、口争いにめっぽう強い沖田に敵う筈もなく。千鶴はおとなしく身を引く
月に数回しか許されていない貴重な巡察の同行を、暑さで無駄にするわけにもいかない。
「しっかりしなきゃ」
と思わず呟いた千鶴を、横目で盗み見た沖田は、くすくすと小さく笑った。
そんな時
「なぁなぁ、聞いたか?あの噂」
「あぁ、沖田さんが嫁さん迎える話だろ?あの…医者の娘」
隊士達の間で今もちきりの噂話は、もちろん沖田の耳にはとっくに届いていたが。
千鶴は初耳のようで、隊士と沖田の顔を忙しなく目を向ける。
「沖田さん、祝言をあげられるのですか!?」
そんな、いつの間に
と言いたげな目をして、小声で問いかけてくる千鶴を見て、小さくため息を付く沖田の答えは
「あーそうそう、そんなのあったな」
ボリボリと頭を掻いた。
「い、いつ?!」
「清水で知り合ってね、お世話になってる蘭方医の娘さんだったんだよ」
「…………そうですか」
スタスタと先行く沖田をただただ見つめる千鶴は、自身の胸の内に秘める気持ちに沈んでいた。
あれから数日が経った暮れ六の頃。
客室に茶を三つ運び入れた千鶴は、土方から蘭方医を紹介された
。なんでも同じ蘭方医仲間として、綱道の情報をいくつか握っているらしい。
「そうですか、父がそんな事を…」
「いやいや気を落とす事ではないぞ雪村くん。こうして綱道さんの事を知る人に出会えたのも、なにかの縁。気を落としている場合ではない」
近藤の父様のような大きく暖かい手で頭を撫でられた千鶴は思わず目尻が緩む。
最近は落ち込む事が多くて、本来の目的から逃げてばかりだったかもしれない。
しっかりしなきゃ
自分に言い聞かせて「はい」と笑う千鶴を見て、土方も口元を緩めた。
そんな時、その蘭方医が言った。
「近藤くんにも、土方くんにも。何より沖田くんにも悪い事をしてしまったなぁ。こちらの諸事情により縁談を断ったばかりだというのに」
頭を下げつつ、沖田の風邪薬を差し出す蘭方医の言葉に近藤は
「頼んだのは此方の方なのだから」と会話が続くのを聞き。
千鶴はお茶受けを取りに、その場から退出した。
「破談になっていたんだ」
悲しいのか嬉しいのか。
嬉しいと思う自分はなんて酷な事を思っているのだろう。
「沖田さんとその娘さんに、私がとやかく思う必要はないよね」
顔に影を落とす千鶴が、前を見ずに歩くものだから。ボスッと誰かに頭を強く抑えられた。