過去top2
□面影
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土方さんは昔も今も多忙な人だ。
多忙の中で多忙である事に生き甲斐を感じているのだろうと、周囲の人間が誰もが思っている。
それに対して私も二言はない。
「おはようございます」
「あぁ…おはよう千鶴」
やつれている。
今日は月曜日。日曜日の休暇に疲れを取る暇が無かったのだろう。くっきりと主張する隈が実に痛々しい。
しかも、いつもは‘雪村’と苗字呼びである筈なのに、‘千鶴’と名前で言う時点で思考への神経伝達がたいぶ鈍っている。
「これ、日誌だ。いつもお前に任せてすまねェ」
「いえ…、たまに平助くんも手伝ってくれますから。」
「おおっといけねぇ…今から朝会議だ。じゃ、後は頼んだぞ千鶴」
「…はい」
ふらっふらっと椅子から立ち上がり『生徒会室の前は通るなよ』とだけ言い残し、会議室へ姿を消す。
その背中に活気は感じられなかった。
(今日は自宅に帰って有休を取ったほうが良いのに…)
日誌の上にペンを走らせて午前の部を早めに終わらようとしていると、不意に自分の机が重さで軋む音がした。
するとそのまま視界に自分より大きな手が、日誌の上を邪魔するように覆い隠す。
「……斎藤先輩」
「手間を掛けてすまない。平助は何処に行ったのか知らないか?」
「平助くんなら、数学の課題を永倉先生に提出に出ていきましたが。何か急ぎの用でも?」
口で何かを語る事が少ない彼が何を考えいるかは、目を見れば大半は分かるが、今回はどうやら急ぎらしい。
そうと分かれば私も手伝うべきだろう。
「斎藤先輩、私も探します。」
「すまない雪村、山崎にも手伝ってもらっては居るんだがなかなか見当たらない。早く見つけないと失点を確定付ける証拠が消えてしまうからな」
「平助は一体なにを…」
私の疑問に首を振るばかりの斎藤先輩と別れた私は、永倉先生の居る職員室へ向かう。
重みのある引き戸式のドアを静かに開けた私は、2学年の教員が座る机一覧を見るが大抵の先生は授業で出払っているらしい。
斎藤先輩は電話にも出ないと言っていたけど、私相手なら出てくれる可能性はあるかも。
制服のポケットから携帯を取り出し、職員室の奥、廊下に繋がっているもう一つの出口から出ようとした。
が、隣接する休憩室のドアの隙間から漂うコーヒーの匂いに足が止まった。
「………」
ゆっくりと覗いた先には
くたびれた黒いスーツの後ろ姿。
気配すら感じられない静かな空間だった。
思わず目を見張って息をするのも躊躇う私に気づいた土方先生は、私を一目みると眉間にシワを寄せるがそれ以外に何も声を発する事をしない。
「…ひじかた先生?」
「もう授業が始まる時間だろう。さっさと教室へ戻れ」
「あ、はい。今すぐに」
ふぅっと息を漏らす先生の横顔は、朝見た時よりも顔色が悪かった。
(お湯も大分冷めているようだし、一体いつからずっと此処に…)
此処はとりあえず椅子に座って貰って、私が何か飲み物でも持ってきてあげたほうが良いのだろうか。
**
『今すぐ戻る』と言った千鶴が動かないのを不思議に思った土方が再び千鶴の方へ視線を戻すと、彼女はいつの間にか自分の隣へ立っている。
それだけでなく徐にポットでお湯を沸かし始めたのだ。
「何してんだ。俺に構わず早く教室に…」
「座らせないと何時までも此処に居続けそうな様子でいらっしゃる土方先生が悪いんです。
お茶を持って行きますから座ってて下さい」
早く座れとばかりに目で合図する千鶴を見ていると
熱と極度の疲れから来る幻想なのだろう。今と何も変わりはしないが何処か懐かしい千鶴が重なった。
艶のある黒い髪。
自分の胸元しかない背。
白くてきめ細かい肌。
小さな耳。
そして、匂い。
小さな部屋、二人だけの空間に呑まれてしまった。
「………ッな!?」
「……千鶴、やっぱり何年経ってもお前にはかなわねえ」
懐かしい温もり・匂い・感触
たまらなくなる気持ちを抑えようと抱きしめると、小さく漏れる悲鳴までもが心地よく感じてしまう。
「だいぶ重傷みたいだな」
「はっ恥ずかしくてどんな反応をしたらいいのやら私にはさっぱり!!!!!!」
ぎゅー…っと首にうずめられる顔に、脇や腰やらがっしり回された腕。密着する体。
終いには手で髪をすかれる感触がくすぐったい。
足の先から頭まで堅くなる千鶴を手から伝わる感触で感じた土方は、そんな所も昔と変わらないと思わず笑みを零すが、千鶴に見えるはずもなく。
白い蒸気を上げるポットが制止するまで離れる事はなかった。
面影
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土方×千鶴