過去拍手
□意中之人
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「行きなよ千鶴ちゃん」
そう言って顔を上げてみれば彼女の驚いた顔。手に持っていた僕の寝間着を力無く持ち、僕をじっと見つめてきた。
「何…を仰るのですか…?行けって、私は他に行く場所なんか有りません」
「良いよ、僕の面倒はもうしなくて。千鶴ちゃんの他には周平さんが見てくれて居るから」
「だから…!沖田さんの仰る意味が分かりませんっ」
「分かってるくせに」
唇を噛み締めて、何かに耐えるように強く裾を握る。
良いよ、もう本当に。本当に大丈夫だから。
ずっと前から一緒に過ごして来たんだ、好きな女の子の気持ちぐらい分かってあげられない方がおかしいでしょ?
「今土方さんは、日光にいる。今ならまだ追いつけるかもしれない」
「どうして土方さんなんですか。私は今沖田さんの側に居なければなりません!」
「……好きなんでしょ?土方さんの事が」
「違います。私は土方さんをそんな目で見てません…!!」
「千鶴ちゃんは分かりやすいよね。いくら自分に嘘を付いても駄目な時もあるのに」
すると彼女は布団に座る僕の側にやってきて、おもむろに隣に座る。顔を此方に向けてくれなから表情が分からない。けれど、かすかに震えている肩が彼女が泣いている事を教えてくれた。
「じゃあ…僕の代わりに土方さんを助けに行ってくれる?何かがあった時、土方さんをちゃんと静止してあげるんだ」
「沖田さんっ私は……とても非情で無神経な女です!!あなたが近くに居るのに、居てくれるのに…!!私は一体何を考えているのか分かりません」
「……本当に残酷な子。そして残酷にさせてしまったのはこの僕なんだよ」
泣きじゃくる彼女の体を精一杯の力で抱きしめて、これから離れて行ってしまうであろう愛しい子の温もりを忘れまいと縋る。
「好きだよ千鶴。僕の身勝手な我が儘に最後まで付き合ってくれてありがとう…。もう、君は縛られる理由が無い」
僕の治療の為に付いて来てくれ君。京都や江戸で大きな戦争がある度に土方さんを心配しつつも、笑顔を絶やす事はなかった優しい君をもっと早く行かせてあげれば良かったね。
好きだから、愛してるからこそ君の幸せを一番に考えよう。
「この次に合う時は、僕のだけの君であるように」
僕の顔を覗き込む君のおでこに口付ける。
そして、君の気落ちが少しでも晴れてくれれば良いと願いながら、精一杯の明るさでその背を送り出した。
今ならまだ取り消せるかもしれない。そんな邪念を切り捨てながら。
意中之人
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